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「……もうすぐ嫁入りなさるのですね」
簪を選んでいる途中、仙がぽつりとそう呟いた。どこか憂いを帯びた声色に、私は鏡越しに彼の顔を覗き込む。
「なあに、仙。そんな顔して」
「いえ……路頭に迷っていた私を旦那様が拾ってくださり、この屋敷に住むようになってから随分経ったのだなと思って」
そう話す仙は昔を懐かしむような、やさしい笑顔を浮かべていた。
「初めてあなたに会ったのは、まだこんな小さな頃でしたのに」
「そうね。忙しいお父様と病気がちなお母様に代わって、よく遊んでくれたのが仙だったわよね」
「ええ。かくれんぼで見つけてもらえないからと、大泣きするお嬢様を宥めるのは本当に骨が折れました」
「ふふ、そんなこともあったわね」
振り返って仙を見ると、いつもと同じように私を見守る優しげな瞳と目が合った。いつだって、私のことを一番に考えてくれる仙。血の繋がりはないけれど、家族同然の彼には今まで数えきれないほど助けられてきた。でも、だからこそ、私には仙に確認したいことがあった。
「……仙が私についてきてくれるって言ってくれて心強いけれど、本当にいいの?」
彼には彼の、人生がある。いつまでも一緒にいられないと分かっていながらも、私は、その日が訪れるのを多分、ずっと恐れている。けれど、そんな私の不安な心を見透かしているのか、仙はやっぱり優しげな瞳を私に向けた。
「旦那様に拾っていただいたあの日から、私の役目はお嬢様をお守りすることです。……ずっとお側に仕えますよ」
まっすぐに私を見つめて、そう言った仙に、「そう」と、私も肩の力を抜いて笑みをこぼす。
「じゃあ、これからもよろしくね、仙」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。お嬢様」
改めて互いにそう挨拶をすれば、なんだか気恥ずかしい気もする。私はさっと立ち上がって「ちょっと休憩しましょうか」と、仙に提案した。と、そのとき──。
来客を告げる鈴が鳴り、私と仙は顔を見合わせた。誰か客人だろうか、と首を傾げながら二人で玄関へ向かうと、扉の先にいたのは隣家に住むご令嬢、椿こと高羽椿だった。
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