3.再び「みかもん」

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途端、健太の心にゆう子への愛しさが込み上げ、たまらず肩に手を回して抱き寄せた。 そのまま体を預けてくる、潤んだ目のゆう子に唇を寄せる。 しかし、ゆう子はそっと健太の肩を両手で押すようにして体を離しながら、小さく首を振り、 「ごめんなさい。これ以上は……」 「なぜ? 僕はゆう子さんが……」 「神木健太さん」  ゆう子は、健太の言葉を遮るように言って正面から見つめ、1枚の名刺を差し出した。 そこにはこう書かれていた。 『神木裕子(ひろこ)』 「えっ!?」  ゆう子は、優しい眼差しになって小さく頷く。 理解が追い付かず、頭が混乱する。  鎌倉に住んでいた頃の記憶が、おぼろげに甦る。 妹はまだ保育園児だった。 母と演歌を歌う、大きな目の妹。 その成長した姿が、いま、ゆう子と重なった気がした。 「ゆう子さんは、気づいてたの?」  黙って頷くゆう子。 「おととい、名刺を渡した時?」  それには小さく首を振って、 「もう何か月も前。郵便局に荷物を取りに行ったら、あなたが対応してくれて。名札に『神木健太』ってあった。その時から」 「よく分かったね。名前だけで」 「すぐに分かったよ。ありそうで無い名前だし、お兄ちゃん?と思ってみたら、面影とか、雰囲気とか。それに……」 「……それに?」 「ホクロ」  ゆう子はそう言って、右目の下を指差した。 健太の右目の下には、大きなホクロがあるのだ。 「そうだったんだ」 「榊ゆう子って、なかなかいいでしょう?」  ゆう子が笑顔になって訊いた。  急に話が変わったことに、健太は少し戸惑いながら、 「そうだね、演歌歌手らしい、いい名前だと思う」 「なんでこの名前にしたか分かる?」 「え?いや……全然」  苦笑いする健太に、 「神木の神と木をくっ付けると、榊という字になるでしょ?」 「……ああ」 「分かった?」 「うん。下の裕子を、ゆうこと読んだ」 「そう!」 「それで、榊ゆう子かぁ……」  健太は感心してから、 「いい名前だよ、ひろこ」  24年の歳月を埋めるように、ゆっくりと妹の名前を呼んだ。 「元気だったのか?」 「うん。おじさん、おばさんもとてもいい人で。本当の娘のように育ててくれた。短大まで行かせてくれて」 「そっか……よかったな」 「人には恵まれた。失恋はしたけどね」  そう言って、ふっと笑う。 「俺も……」  と、健太も、妹と離れ離れに暮らした24年間を、妹に話した。 「お互いに、人には恵まれたのね」  ひとしきり聞き終えた裕子が、遠くを見つめて、しみじみと言った。  それから二人は、店の近くのお寺に歩いて向かった。神木家代々の墓がそこにあるのだ。
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