3.再び「みかもん」

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「びっくりしたよ」  墓地に着いたところで、裕子が言った。 「何が?」 「こんな近くにお父さんのお墓があるなんて」 「知らなかったの?」 「うん。小田原にあるとは、お母さんから聞いてはいたけど……」  小田原の根府川という所に店を開くことにしたと母に言うと、驚いて、そこなら、と、お寺の名前を教えてくれたのだそうだ。  母が精神を患ったのに加え、両家の仲が悪かったため、何となく疎遠になり、墓参りもしなくなってしまったようだった。 「本当は、お母さんも連れて来たかったけど……」 「今どうしてるの?」 「静岡の病院に入院してる。私が引き取られてすぐに、おじさんたちの計らいで静岡に転院して……」  裕子が墓地の中を歩きながら言う。 高台にある墓地からは、東海道線の鉄橋と、その向こうに、相模の海が見渡せる。 「無理してくれたのね、私たちのために。今でも入退院を繰り返してる。ずっと」 「そうだったんだ。知らなかった」  神木家の墓の前に来た。 父は大好きだった海の見えるこの墓で眠っている。  二人は花を供え、線香を手向けてしばし拝んだ後、 「歌手、なれるといいな」  健太が笑って言った。 「あの、一応歌手なんですけど」 「あっ、そうか。売れない歌手」 「違います! 歌手です!」  と、裕子は『まだ売れてない』を強調して、健太の二の腕を叩いた。 「真面目な話。売れると思うよ、新曲」 「うーん、だといいんだけど」 「紅白で歌う姿、見せるんだろ、母さんに」 「覚えてくれてたんだ。鎌倉時代の私とお母さんの話」 「ああ、忘れないよ。貧乏だったけど、楽しかったって記憶だけはある」  海をバックに、電車が鉄橋を渡っていく。 二人はそれを眺めながら、 「絶対売れるから」 「実感こもってるし?」 「そう」 「なりきってるし?」 「そうそう。俺も応援する。職場の仲間にも宣伝するから」 「ホントに?」 「経験に裏打ちされたこの一曲……ってね」  ちょっと意地悪く笑って健太が言うと、 「そんな榊ゆう子に本気で惚れかけた神木健太がお勧めします……って?」 「こら!」  逃げる裕子を追いかける健太。 二人はそのまま墓地を後にした。 「ありがとう、お兄ちゃん。来てくれて。お店にも、ライブにも」 「俺の方こそ……ひろこ、夢、叶えろよ」  兄妹は見つめ合い、頷き合った。 「あー、喉渇いたねー」 「そうだな。あっ、みかもんティーが飲みたいな」 「うん、いいね」 「BGMは、榊ゆう子の新曲で」 「オーケー」 流れるメロディーを聞きながら、二人がゆっくりとみかもんティーを飲む『喫茶みかもん』の店内。 CDが終わると、今度は、神木裕子の生歌が流れ始めた。 カップを片手に、妹の声に聴き入る兄の姿が、そこにはあった。 (完)
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