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2.ミニライブ
1週間ほどが過ぎたある日。
健太は早番の勤務を終えた帰り、久しぶりに近くのショッピングモールに立ち寄った。
4階建てのモール。その1階の中央は吹き抜けで、イベントスペースになっている。
そこにはステージもあって、週末になると、ミニライブやトークショーなど、様々な催しが開かれる。
その予告チラシが、界隈の掲示板に貼り出されたりしている。
健太は、モールの中に入ったところの掲示板に見覚えのある名前を見つけ、
「あれ?」
思わず小さな声が出た。
『榊ゆう子 ミニライブ』
その名前の入ったポスターには、寂しげな笑みを浮かべた着物姿の女性が写っていた。髪形が違うが、よく見ると、やはり喫茶みかもんの店長だった。
「歌手だったの?」
思わず、ポスターの彼女に話しかける。
ニューシングル発売記念ライブ。CDを購入したお客様との握手会も予定されているとある。
(明日だ……)
午後3時スタート。もちろん健太は来る気になっていた。
翌日。勤務の後、急いで着替えを済ませ、ショッピングモールに着いた時には午後3時を少し回っていた。
中に入ると、向こうのステージ上に、藍色を基調とした着物姿の女性が見えた。速足で近づいていくと、
「みなさま、初めまして。榊ゆう子と申します」
彼女が笑顔で挨拶を始めた。
『みなさま』とは言ったが、観客は数十人ほど。それも、通りがかりにたまたま足を止めて……そんな感じの人がほとんどで、ライブという雰囲気はあまりしない。
ステージ前に駆け寄る健太。ゆう子は一瞬彼を見たが、表情を変えることなく、
「それではまず……」
と曲名を言って、歌う体勢に入った。
イントロが流れ、歌い始める。演歌だ。
(この曲……)
聞き覚えがあった。1週間前、『喫茶みかもん』で流れていた曲だ。
(ゆう子さんだったんだ……)
1週間前を思い出しながら、ゆう子の歌声に耳を傾ける。
自分を頼ってくる年下の若い男性に母性をくすぐられているうち、本気で彼のことを好きになってしまった……夫がいるというのに……。
道ならぬ恋に落ちてしまった苦しさを心に秘め、懸命に生きる大人の女の姿を、切々と訴えるように歌うゆう子。
(いい……)
素直にそう感じた。
包み込んでくれるような母性。
年上の女の優しさと色気。
それらがにじみ出るようなゆう子の姿に、自然と強く引き込まれていく。
「ありがとうございました。これは私のデビュー曲でもあります……」
歌い終わったゆう子が語り始める。
「人って、頼られると嬉しいものですよね。それに……」
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