3.再び「みかもん」

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園児たちは、青年先生にあっという間に懐き、彼は保育園の人気者になった。 「園児たちと一緒になると、同化しちゃってどこにいるか分からなくなるくらい」  おかしそうに、ゆう子が笑う。 (今でも好きなんだ……その保育士のこと……) そう感じながら、彼女の横顔を見つめる。 ゆう子は続けて、 「ある日の夕方だったかな……」 それは、順風満帆に見えていた、青年保育士の別の側面……。 ひと区切り付いたゆう子が、お茶を飲みに給湯室に行くと、彼が一人ポツンと立っていた。 その雰囲気に、ゆう子は驚いた。 園児といる時とは別人のよう。まるで太陽が沈んでしまったかのようだった。 ゆう子は彼の教育係だったが、そんな彼を初めて見た。 その日、彼を呑みに誘った。 ゆう子が新人時代、よく先輩に悩みを聞いてもらった、静岡駅近くの小さな居酒屋。 職場の外で二人だけでじっくり話をするのも、その夜が初めてだった。 明るくて勢いのある新人保育士に、悩みなど無縁のように見えていたが、この半年間だけでもいろいろあったようだった。 親からのクレーム。 園長からの叱責。 いきなり園児の人気者になったことへのやっかみ……。 酔いが進むにつれ、いろいろな愚痴が彼の口を突いて出た。 「つらいですよ、先輩」 「そっかぁ。それはつらいね。でも、今のままのあなたでいいよ。私はそう思ってるから」 「ありがとうございます……」  彼はゆう子にもたれかかって泣いた。 最後は泥酔してしまった彼を、部屋まで送り届けた。 それから彼は、何かとゆう子を頼るようになった。 仕事のことはもちろん、初めての一人暮らしのことまで。 「大変だったけど、充実してた……」  遠い目をして、幸せそうに笑うゆう子。 「それから、二人でその居酒屋にも、よく行くようになって。彼の家にも……」 思い出を綴るように語っていく。 「ホントに雑然とした部屋で、これぞ男の一人暮らし、みたいな……」 楽しい記憶を辿っているような、ゆう子の横顔。 「……しょうがないなぁ、なんて言いながら、掃除や洗濯をしてあげたり。ごはんを作って一緒に食べたり。体的にはキツかったけど、楽しくて。ある時なんてね……」  と、なおもゆう子は楽しそうに語る。 「カレーが食べたいって言うの。それが彼、注文が多くて。肉は鶏肉にしろ、野菜は大きく切れ、味はスパイシーで辛口じゃなきゃだめだ、なんて。頭に来たから、だったら自分で作って。私はあなたの母親じゃないんだよ! って怒ったの。そしたら彼、急に涙目になって……」 「……うん」 「お母さんは俺が4歳の時に死んじゃったんだって、ポロッと言ったの。私と似た境遇なんだって思ったら、今度は何だかすごく(いと)しくなってきて……」 「……母性をくすぐられた?」 「そうね……お母さんの手料理の中で一番好きだったのが、野菜ゴロゴロのチキンカレーなんだって」 「あぁ、それで……」  健太は、さっき食べたチキンカレーを思い出した。 「甘え上手でしょう? 彼」  ゆう子がそう言ってコップの水を飲み、そのままフラフラと揺らしながら、 「でもね、あれはクリスマスイブの夜だった……」  その横顔に、影が射す。
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