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「……どうしたんですか?」
「仕事の後、ケーキを買って彼の家に行ったの。そしたら部屋が真っ暗で。携帯も繋がらない。約束してたはずのに……」
実はその日。
彼は、街で高校時代片想いしていた同級生の子と偶然再会し、そのままその子の家に泊まってしまったのだ。
後日、例の居酒屋で白状しのだと、ゆう子が言った。
「で、その後彼とは?」
「その場で別れたよ。と言うか、彼には初めからその気はなかったんだよ」
「そんなことは……」
健太の言葉に、ゆう子は小さく首を振って、
「私に求めてたのは、母親……」
「……」
「何となく、分かってはいたんだけどね……」
「……」
「だから、もう終わりにしましょうって」
自分から切り出し、彼を置いて店を出たのだと、ゆう子は言った。
「彼は引き留めてくれなかったの?」
「どうかな……」
「……どうかな、って?」
「何か言ってたかな。腕も掴まれたような気もするけど……」
「……なのに、どうして?」
「彼の顔を見たら、また元に戻ってしまいそうだったから……」
「……それじゃ、だめなの?」
(それでも良かったんじゃない?彼のことが好きなら)
そう思いながら訊く健太の言葉に、ゆう子は、
「母親の代わりでい続けるなんて、無理……」
涙声になりながら言って、唇を噛んだ。それから、
「私は本気だった。子供が大好きで、優しくて、太陽のような彼のことが、本当に大好きだった。彼となら幸せな家庭が作れそうとまで思ってた……」
声を震わせながら、一気に吐き出すゆう子。
自分から別れを告げて去ったのに、あの居酒屋で一人呑むことも度々だったと言う。
「未練がましい女でしょう?」
ゆう子は自嘲気味に笑った。
彼女を見ているのがツラくなり、店内に視線を向ける。と、キッチンの壁に貼ってある新曲のポスターが目に入った。
この間のミニライブで、ゆう子が歌っていた新曲。
あれも確か、別れた男に想いを馳せながら、ひとり酒を呑む、哀しい女の恋心を歌った曲だった。
(もしや……)
ある事が頭を過ぎり、曲のタイトル横にある作詞者に目を遣る。
『作詞 榊ゆう子』
(やっぱり……そうだったんだ……)
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