3.再び「みかもん」

3/5
前へ
/11ページ
次へ
「……どうしたんですか?」 「仕事の後、ケーキを買って彼の家に行ったの。そしたら部屋が真っ暗で。携帯も繋がらない。約束してたはずのに……」 実はその日。  彼は、街で高校時代片想いしていた同級生の子と偶然再会し、そのままその子の家に泊まってしまったのだ。 後日、例の居酒屋で白状しのだと、ゆう子が言った。 「で、その後彼とは?」 「その場で別れたよ。と言うか、彼には初めからその気はなかったんだよ」 「そんなことは……」 健太の言葉に、ゆう子は小さく首を振って、 「私に求めてたのは、母親……」 「……」 「何となく、分かってはいたんだけどね……」 「……」 「だから、もう終わりにしましょうって」 自分から切り出し、彼を置いて店を出たのだと、ゆう子は言った。 「彼は引き留めてくれなかったの?」 「どうかな……」 「……どうかな、って?」 「何か言ってたかな。腕も掴まれたような気もするけど……」 「……なのに、どうして?」 「彼の顔を見たら、また元に戻ってしまいそうだったから……」 「……それじゃ、だめなの?」 (それでも良かったんじゃない?彼のことが好きなら) そう思いながら訊く健太の言葉に、ゆう子は、 「母親の代わりでい続けるなんて、無理……」 涙声になりながら言って、唇を噛んだ。それから、 「私は本気だった。子供が大好きで、優しくて、太陽のような彼のことが、本当に大好きだった。彼となら幸せな家庭が作れそうとまで思ってた……」  声を震わせながら、一気に吐き出すゆう子。  自分から別れを告げて去ったのに、あの居酒屋で一人呑むことも度々だったと言う。 「未練がましい女でしょう?」  ゆう子は自嘲気味に笑った。  彼女を見ているのがツラくなり、店内に視線を向ける。と、キッチンの壁に貼ってある新曲のポスターが目に入った。 この間のミニライブで、ゆう子が歌っていた新曲。 あれも確か、別れた男に想いを馳せながら、ひとり酒を呑む、哀しい女の恋心を歌った曲だった。 (もしや……) ある事が頭を()ぎり、曲のタイトル横にある作詞者に目を遣る。 『作詞 榊ゆう子』 (やっぱり……そうだったんだ……)
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加