嘘の人生謳歌

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 行事というものがない。神という存在がないから祭りも祈りもない。苦労を嘆きとしないから縋る相手がいらない、不平不満がない。  イベントも何もないからエイプリルフールのようなものをやってみようかと思ったことがあった。当然否定され拒絶されたけど。  午前中に嘘をついてお昼に嘘だとばらす。なんでわざわざ嘘をついてばらすという手間暇をかけるのか、みんな全く理解ができなかった。 「ドキドキしてほっとする。それをみんなで楽しむんだ」 「なんで?」 「やったら面白くない?」 「全然面白くないよ。わざわざばらすための嘘って何の意味があるの?」 「仲良しの人とやると、盛り上がるかなって。いつもと違う日常が味わえる」 「ただの無駄だろそれ。だってわざわざ嘘ついていちいちばらすんだろ。そんなことするぐらいだったら最初からからやらなきゃいいじゃん」  それを楽しむということが全く理解できないみたいだった。 「そんな回りくどい事しなくても、感謝の気持ちを伝えたいならそう言えばいいし。嫌いだったら嫌いだって言えばいい。わけわかんない」  たしなむ、というものが全くしない世界。争いは無い、差別もない。全員同じことをして何も差がない世界。 なんでそんなに刺激が欲しいの? そんなことを言われ続けた。 なんでだっけ。なんで、つまらない日常が嫌で嫌で仕方ないのかな。なんで? 「別れて」  五年付き合ってた恋人にそう言われた。え、と思ったけど今日は四月一日。あ、エイプリルフールか、と気づいて。 「わかった」  慌てる姿なんて見せないぞと思って冷静に返した。でも、彼女は何の反応もなくそのまま家を出る。午後になっても嘘でした、なんて連絡もなく帰ってこない。連絡しようとしたらブロックされてた。  慌てて彼女のSNSに連絡しようとしたら、知らない男と満面の笑顔で腕を組む姿。タイトルは「大好きな人!」  付き合ってた人は? というフォロワーのコメントと、それに対する返事を震える手で開く。 「別れたよ。別れてって言ったらわかった、って言ったし」 「あっさりだね」 「すっきりした。後で気がついたけど、アレたぶんエイプリルフールだと思ったのかも」  声が、出ない。 「そんなのいちいち覚えてないし」  声が出せない。
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