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手伝って欲しければ自分から言うから、ということだ。手伝いがいらないから声をかけていないのに。声をかけられるのは数十秒でも作業を中断しなければいけないということ。それが鬱陶しかったようだ。
この世界では気遣いは本人の都合で。相手からすれば己の時間を奪う迷惑行為でしかない。
「はは」
笑うしかない。この世界の常識に馴染んで生きようとしたけどやっぱり無理だった。なんでそんな生き方しなきゃいけないんだって思ったら辛くて辛くて。
「もう生きててもしょうがないか」
暴飲暴食をしないし適度に体を動かしているから健康そのものだ。多分百歳近くまで生きるんじゃないかって思う。あと七十年、辛すぎる。
そんなふうに思って思わず声に出していた。今かなあ。嘘でした、って認めるの。
嘘をつくことが、嘘でしたー。
声に出せば終わるかな。誰にバラすんだ。僕? 知ってたのに? 嘘をばらしても救われないのに? どうすればいいんだ。そもそも何が嘘なんだっけ。僕か?
その時斜め向かいに住む男の子が足を止めた。どうせ変なおっさんがまた変なこと言ってるって思ったんだろうなと思っていると。意外にもトコトコと近づいてきて僕の隣に座った。
「疲れた」
「え」
この世界に生まれて初めて聞いた、不満。弱音? なんだろう。ここの人たちは疲れたなんて言わないから。
声に出さなくても疲れた事は本人がわかっていれば良いことだから。疲れたと言ったらお前はいちいちうるさいと言われたことがあった。それ以来僕も言わないようにしていたんだけど。
「父ちゃんと母ちゃんが病気で死んじゃったから俺が働かなきゃいけない。俺は兄だから弟と妹の面倒を見なきゃいけない。俺だってお腹空いてるのに弟たちが全部食べちゃうけど文句言っても意味ない。ガキだし食べ盛りだから」
この子の両親がいないのは知ってる。働ける年齢だから、弟たちを養うために一生懸命働いているのも知ってる。前に他の子供に「いらない」と言われたトラウマがあってこの子には声をかけたことがなかった。
「俺だって腹いっぱい食べたい。俺だっていっぱい遊びたい。弟と妹の面倒一日中見るも疲れる。僕はオニイチャンっていう人間じゃなくて、チュアトだ」
「う、うん」
ペラペラと喋る。戸惑って、そわそわしてしまう。他人と話すのいつ以来だっけ。
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