Chapter:0 異世界転生

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Chapter:0 異世界転生

 六歳の頃、母が見ていたドラマに「不倫をした旦那を妻が銃で撃ち殺す」シーンがあり、それを見て私はフラッシュバックを起こし倒れた。  膨大な前世の記憶に、私の脳細胞は津波のように襲われ、一週間ほど高熱にうなされる羽目になったが、熱が下がる頃には、前世でのすべての記憶を取り戻すことができた。  しばらくは、前世の記憶と現世の記憶の齟齬で混乱し、今の両親をとても心配させてしまったが、公安警察官として受けた様々な精神訓練を思い出し、私はこれを「潜入捜査」として幼少期を乗り切ることを決める。  そう心を落ち着けたあとで冷静に考えてみると、大人の精神を持っての二回目の人生とは、かなり有利だ。しかも、幸運なことに高学歴・高収入の両親にも恵まれ、遺伝情報・生育環境とも申し分ない。  また、子供特有の人間関係についても、相手は所詮は子供である。何をされたところで腹も立たず、また操るのも容易い。  前世でも公安警察になれるくらいの頭脳も運動神経も持ち合わせていたが、今回は勉強も運動もより一層効率よくこなし、高校生に上がる頃には、どんな大学でも、どんな職業でも選択可能なほど優秀な人間に成長することができた。  そして、こういった子供としての学業等の鍛錬に加えて、私は今の世界についても学ぶことを怠らなかった。  この世界の名は、「ノットネトラワールド」。  前世で過ごした現代日本に概ね酷似している。生活様式についても、さほど差異はない。だが、前いた世界とは確実に違う。見知った国の名前は存在しない。  何より一番顕著な違いは、ここはなんと浮気や不倫が、として取り締まりされる世界だった。  不義密通罪。  しかも、刑罰として、「死刑又は無期若しくは五年以上の懲役」が定められている。これには、かなり驚いた。契りを交わした相手以外との不義密通は、殺人罪と同等の刑罰をもって処罰される。  もちろん、かつて日本に存在していた「姦通罪」とは異なり、男女ともに適用される犯罪だ。  まるで禁酒法時代のアメリカのようだが、婚姻を伴わないカップルについては届け出は任意で、不特定多数と情事を楽しみたいならば、届け出を出さないという選択もできる。  この情報は、市民登録カードに「シングル」または「カップル」として紐づけされており、宿泊施設へのチェックインの際は、この情報の確認義務がホテル側には法的に課されている。  なお、ステイタスが「カップル」となっている者がパートナーの事前の許諾なくパートナー以外とホテルにチェックインした場合には、ホテル側はパートナーへの確認連絡をしなければならない。  だが、取り締まれば取り締まるだけ地下に潜り、非合法な活動となるのは世の常だ。市民登録カードのチェックを行わないモグリのラブホテルに、「シングル」に偽造された市民登録カードの売買など、人々はより熱心に隠れて「不倫と浮気」を行うようになった。  これらの組織的犯罪と対抗するために設立された不義密通犯罪専門の捜査機関。  不義密通取締局(Bureau of Negate Terrible Relationships)こと略称名、B-NTR(ブーネトリ)。  思いの外、前世での出来事がトラウマになったのか、この捜査機関は私の心を捕まえて離さなかった。  合法的に浮気や不倫をした者たちに正義の鉄槌を下せる法の執行官。甘い響きだ。  すぐに、私はこの不義密通取締局(B-NTR)への入職方法を丹念に調べた。現場の捜査員については、直接の職員募集は行っていない。ほぼ警察庁からの出向で構成されている。  ということは、警察官になった後で不義密通取締局(B-NTR)から引き抜きをされるのを待つということか。では、少しでも引き抜きの確率をあげたいところだな。  内部の話をもっと聞きたい。高校二年生となった私は、志望大学を警察官となったOBやOGが多い二流の私大法学部へと変更した。  この世界でも警察が男社会なことに変わりはない。ただでさえ、また女に生まれてしまったのだ。それならば、少しでも大きな派閥に身を置くべきだろう。その点、出身大学の派閥は有意義だ。  両親はもっと高みの大学を目指してほしそうだったが、最後には私の警察官になるという確固たる意志を尊重してくれた。 ―― 十年後。 「GO! GO! GO!」  隊長が隊員たちに階段を駆け上がれと、号令をかける。  無事に警察官となり機動隊に配属されていた私は、不義密通取締局(B-NTR)が作戦指揮を執る大規模な不法宿泊施設摘発の応援に来ていた。  一切の無駄のない動きで、隊員たちは鍵のかかっている扉を丸太のように太い金属できた打撃衝角をぶち当てて破壊する。 「クリア!」 「クリア!」  各部屋を確認し、全裸や半裸の容疑者たちを次々と現行犯逮捕していった。だが、不義密通取締局(B-NTR)の今回の狙いは利用客ではない。  これらの不法な不義密通目的の宿泊施設を経営している反社会的勢力『自由恋愛の光』へと繋がる重要な証人となるホテル支配人だった。 『マルタイ(捜査対象者)が逃走! マルタイ、逃走!』  インカムで通信が入る。どうやら上の階で、ホテル支配人の身柄確保に失敗したようだ。私は一番近くの非常階段へと走る。  そして、ちょうど上の階から駆け下りてきた男の襟首をひっ捕まえると、豪快な背負い投げをかました。倒れた男の腕をすかさず捻じり上げて、うつ伏せになるように相手の身体をひっくり返す。  腕を捻じり上げながら、マルタイの背を膝を押さえると、肩が脱臼する音と共に男は悲鳴をあげた。 「ヒュ~。……うっわ、いたそ」  階段を降りてきた不義密通取締局(B-NTR)の捜査官の一人が、私の逮捕術を褒めたのか、揶揄したのか、真意はわかりかねる口笛を吹いて、マルタイに手錠をかける。  私に話しかけてきた捜査官は、随分と筋肉質で長身の男だった。 「おお。女性機動隊員! かっこいいね! えっと、巡査? 巡査部長?」  彼は私が立ち上がるのに手を貸しながら、さらに軽口を叩く。調子がいいやつのようだ。 「デイジー・マッコール巡査部長です」 「おお。マッコール巡査部長ね。では、協力感謝!」  そう言って、ニカッと白い歯を見せて捜査官は笑うと、失礼にも自分は名乗らずに去っていってしまった。  この失礼な捜査官は、のちにバディを組むことになるリーダスだったが、この時のは私はまだ知る由もない。  作戦の数日後、私は待ちに待った出向辞令を受け取った。 <辞令> デイジー・マッコール 殿 不義密通取締局への出向を命ず。
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