Chapter:3 二度目の人生

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Chapter:3 二度目の人生

 結局、週刊誌の記事は出た。私は自宅謹慎となり、ぼんやりと情報番組でご意見番の芸能人がしゃべるのを眺めている。 『緊急アンケート! 不義密通罪は不要? 必要?』  そんなテロップとともに、街頭インタビューの映像が映し出された。 『浮気はパートナーを傷つける行為だから』  必要を選択したベビーカーを押している女性が理由を問われて、そう答える。 『必要だと思うけど、ちょっと刑罰が重すぎるかな』  大学生の若い男の子は、隣にいる彼女を見ながら慎重に言葉を選んでいた。  続いて、画面が切り替わり、円グラフで『不要、必要』の割合が表示される。不要を選択した人のインタビュー映像はなかった。まぁ放映されるのを断ったのだろう。七割以上の人が『必要』を選択していた。  人は自分が被害者になった時を考える。自分に酷いことをしてきた犯人には、罰が下ってほしい。そう思うのは当然だ。反対に、自分が加害者側になることを想像する人は少ない。  だからか、私の問題記事は懸念していたよりは騒ぎにならなかった。  スマホが鳴動する。リーダスからのメッセージがロック画面に表示された。 『空振り』  短くそう書かれている。実行された家宅捜索は、予想していた通り空振りだったようだ。情報がどこから漏れているのか、まだ検討はついていない。  捜査会議前だったので、どこに家宅捜索が入るか知っていた人間は限られている。  課長は元奥さんに浮気された経験からか、穏健派のようでいて浮気・不倫(ネトリ)には冷酷だ。  相棒のリーダスも、ああ見えて、妹を当時交際していた彼氏が浮気者だったために精神的ショックからの自殺で失っており、不義密通罪摘発への情熱は並々ならない。  家宅捜索令状申請を見ることができる者。裁判所の関係者か。いや、裁判所への手続き前に漏れていた可能性が高い。やはり、局内の課長より上の人間か。  グウ……。考え事をしていたら、腹が鳴った。自宅謹慎中とはいえ、外食くらいいいだろう。警察官などという二十四時間体制で働く身では、食材を腐らせるので、即席麵などしか食べ物は家にはない。  私は部屋着から外に出れる服装に着替えると、近所の洋食屋へと向かった。 ◇◇◇  絶品オムライスを食べて、ちょっとテンションが上がっている。やはり美味しいものを食べると元気がでるな。まぁ、この五分後には、また最悪な気分になっていたわけだが。  郵便受けに白い封筒が入っていた。消印はない。誰かが直接、私の家の郵便受けに入れたのだ。  念のため、封筒の上から中身を触って確かめる。カミソリなどの危険物は入ってなさそうだったので、私は手紙の封を開いた。 ――――――――――  雛菊へ  ヒナちゃん、突然、このような手紙を送ってしまって、本当にごめんなさい。  でも、できることならば、、、  最後まで読んで、僕のせめてもの償いを受け取ってほしいです。  それに、もし、あなたがヒナちゃんじゃないなら、この手紙は破って捨ててください。僕の勘違いです。 ――――――――――  手紙の冒頭は、そう始まっていた。前世の名前が書いてあり、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚える。  私の前世での名前は、『雛菊』と書いて『ひな』と読んだ。しかも、私のことを「ヒナちゃん」と呼ぶ人間は母親を除き、一人しかいなかった。手紙を持つ手が震えてくる。  とにかく続きを読もう。一度、目を閉じて深呼吸する。それから、続きを読み始めた。 ――――――――――  最初、記憶が戻った時、この世界へ来たのは、ヒナちゃんを裏切った自分への罰だと思いました。  だから、大切な人は作らずに生きてきました。素敵な人に出会ってしまった時は、好きになってしまわないように、距離を取りました。  そうやって生きてきたある日、あの人と再会しました。ヒナちゃんにとっては、思い出したくもない人でしょう。そんな人の話を、これから君にすることを許してください。  本当にごめんなさい。  なぜか、あの人はすぐに、僕のことに気がついたようでした。そして、彼女にこう言われました。 「私たちがこの世界に来たのは、この悪法を改革するためだ」  僕が罰だと思っていたことを、そうやって前向きに捉えていることに衝撃を受けました。急に惨めな罰の人生から一転して、崇高な目的を与えられたように感じられました。  ヒナちゃんの知っての通り、僕は弱い人間です。  前の人生でも、君が許してくれているからと、こまごまと家のことをやって「専業主夫」などと自分を偽り、外で働くことから逃げていました。子供が欲しいと口にしながら、もし本当に出来たら、僕が働かないといけないのだろうかと、実は不安で仕方がありませんでした。  前回もそんな時に、あの人から「専業主夫であることに、もっと堂々とすればいいじゃない」と優しくされたのです。そして、その結果は君が知っている通りです。  結局、今回もあの人の甘言に乗って、僕は不義密通罪の廃止論を提唱する団体へ入り活動をしてきました。  でも、あの日、君にコーヒーを出した、あの日です。  僕は自分の過ちに気がつきました。  実は、君がヒナちゃんなことを、初めてお店に来てくれた時からなんとなく感じ取っていました。例え姿形が変わっても、君はまっすぐで素敵な人だから。それに強い意志が宿る瞳は前のままでした。  もしかしたら、もう一度、君とやり直せるかもと淡い期待を抱いたのと同時に、あの人と同様に僕の正体に気がついてしまったらと恐怖を感じました。  だから、二回目の来店をしてくれた時、ホッとしました。ああ、バレてないって。  どこまでも卑しい人間で、ほんとごめん。  それから、毎日のように来てくれる君に、だんだんと僕は欲が出てきました。君にもっと自分をよく見せたい。君にまた好意をもってもらいたい。  だから、あの日、君にコーヒーをいれたのです。  でも、間違いでした。  僕がしたことは、謝って許されるようなことではないのです。  それで、ヒナちゃんに僕の正体がバレてしまう前に、君の前から消えることを決意しました。  本当は、こんな手紙を君に送るつもりはありませんでした。でも、あの人に君が不義密通取締局の捜査官だと聞いて、気が変わりました。  駅前のコインロッカーの中に、僕が関わっていた犯罪のすべての証拠を入れました。  ロッカー番号■■■、暗証番号は■■■■です。  ヒナちゃんに預けます。  最後に。本当に本当に、ごめん。許されないことだってわかってるのに、こうやって君に許しを請うことについても、本当にごめん。  ヒナちゃんのことがずっと好きだった。最後まで卑怯で、ごめん。  こんなこと僕に言う権利はないけれど、どうか、、、  どうか幸せに生きてください。 ――――――――――  手紙はそこで終わっていた。
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