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「気が付いたね」
消毒液の匂いが漂う病室でベッドの傍らの椅子に腰掛けていた眼鏡にスーツ姿の青年はパッと顔を輝かせた。
「酒井さん」
頭に白い包帯を巻いて横たわった女は驚いた風に目を見張る。
「ちょうど外回りから帰ってきたところで君が会社から飛び出すのが見えてさ、追っていこうとしたら俺のすぐ目の前で車に轢かれたんだよ」
「そうでしたね」
遥か遠い過去を懐かしむように女は微笑んだ。
「私、もう、上の人たちの不正にあれ以上、耐えられなくて」
青年は苦い笑いを浮かべて頷く。
「さっき、社長が逮捕されたって」
再び虚を突かれた面持ちになった怪我人に向かって飽くまで穏やかに告げた。
「俺もこれからどうするか考え中だけど」
「生きていれば、またやり直せますよね」
女はまだ真新しい包帯を巻かれた自らの両の拳を確かめる風に握り締める。
「私もこうして生き返らせられたのだから」(了)
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