get away

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 翌日の夕方、蓮と向かった先、それは桜岡高校正門前。わたしは下校する生徒に声をかけ、東上霧斗と渡部敦彦を探して呼び出して貰った。  渡部敦彦は姉の彼氏。東上霧斗は姉の親友、由奈の交際相手。二人共に中肉中背。さすが進学校だ、水色の学生服を模範通りキチンと着ていて黒髪の短髪。敦彦はフレームのない眼鏡をかけていて秀才雰囲気だった。  二人は由奈と共に葬儀に参列してくれたが、わたしが欠席したので初顔合わせになる。手葵の妹だと伝えると、二人は驚いていた。 「これ、お姉ちゃんから」  初めて姉をお姉ちゃんと呼び、わたしは敦彦に手紙を渡した。 「有り難う」 緩く笑んだ後、彼はこう言った。 「由奈から聞いてるから内容は、だいたい分かるよ。僕は本当に手葵が好きだったからね」 「そうですか」  次は霧斗を見上げる。すると彼は両膝を路上に落として泣き崩れた。 「霧斗……」 敦彦は霧斗の頭をクシャッと撫でてから背を向ける。彼は去る前、こう言い残した。 「陽葵ちゃん、気持ちに素直じゃなくてこじらせて、不器用だった霧斗の気持ちを聞いてから帰ってね」  蓮と顔を見合わせるわたし。その後、わたしと蓮と霧斗は近くの公園まで歩くことになる。  三人並んでオレンジ色でキラキラ光る水面を見つめた。先口したのは霧斗だ。 「そのピン留め……」 「えっ?」 「陽葵ちゃんが前髪を留めてる鞠のピン留め」 「あっ……」 わたしは前髪に手をあてる。これは姉の遺品だと叔母さんから渡されたモノ。でも、これは……。 「霧斗さんがお姉ちゃんにプレゼントしたピン留めですよね?」 「うん」 霧斗は頬を緩めて頷いた。 「そのピン留めを渡す前から、僕は手葵が好きだった」 「えっ?でも……」 「分かってるよ。僕は手葵の親友、由奈の彼氏。立場上、僕の気持ちは許されない」 「霧斗さん……」 「敦彦と手葵が付き合うって聞いた時、僕は死ぬほど後悔した。なんで手葵に男なんか紹介しちゃったんだろうって……。でも……」 「でも?」 「これで手葵ともっと会えるって思った」 「だから休日のたび、ダブルデートだったんですか?」 「うん。ダブルデートは僕が由奈と敦彦に熱望したんだ。すごく卑怯者なんだよ、僕は……」  涙線が震えた。なんだか、また泣きたくなってくる。 『お姉ちゃん、霧斗はお姉ちゃんが好きだったよ。両想いだったんだよ』  天国の姉に、そう叫びたい。  わたしは最後、霧斗に手紙を渡す。受け取った彼の手が小刻みに震えていた。 「一人で読む勇気がない。今、読んでもいい?」 「はい」  端っこが苺模様の白い便箋。姉は彼になんと書いたんだろう?開いた便箋に目を落とす。すると、そこには短いふた文字が……。手紙には姉特有の丸文字で 『好き』と書かれてあった。  水飛沫が跳ねて、水面から鳥が飛び立つ。風が切り裂かれた。 「うわあああああああーーっ!!!」  絶叫し、霧斗は倒れるように崩れると、土に額を何度も打ちつける。わたしは、それを黙って見つめていた。 『お姉ちゃん、空から見ていますか?アナタの手紙は世界で一番、素直で残酷でした』  その後、霧斗と由奈は別れることになる。霧斗からのLINEを見ながら、複雑な気持ちになった。 ◆  わたしが異変に気づいたのは、それから間もなくのこと。学校から帰宅して何気なくカータンを抱きしめた時だった。  綻んで母が縫ってくれた箇所に硬い何かを見つけたのだ。それは鍵。  刑事さんの言っていた鍵に違いない。わたしは蓮と一緒に警視庁を訪れた。  でも刑事の名前が分からない。受付でモタモタしていると、あの若い刑事が現れた。  若い刑事の名前は【青田芳宏(あおたよしひろ)】。中年刑事は【徳武正(とくたけただし)】二人とも、警視庁刑事部捜査一課の刑事だった。  少し待ってから、わたしは徳武刑事に鍵を手渡した。 「有り難う」 徳武刑事は鍵を握りしめ、目尻のシワを深くして微笑んでくれる。 「これがどこの鍵か調べて、証拠を見つける。必ず君の家族の仇はとるからね!」 「はい!お願いします!」  わたしも笑みを返した。これで事件の黒幕が逮捕されると思ったからだ。  でも、その鍵はすぐ行方不明になってしまう。鍵は徳武刑事の命を自殺という形で奪った。 「警視庁の上層部もグルだ!」 待ち合わせた公園、青田刑事は悔しそうに池を囲う柵を叩いた。 「徳武さんは鍵を上に提出した。だから殺されたんだ!」  怖い。白であり正義であるはずの警察までが権力と金で黒になる。これが今の世の中。  血が滲むほど悔しい!だけど相手は巨大な組織。子供の自分には権力も金も何もない。このまま泣き寝入りするしかないのか。  あの日のイチゴジャム。口内が鉄の錆びた味で充満する。鮮血が滴り落ちるほど唇を噛んだ。 「きっと、いつか……」 伸びた爪が食い込む。両拳を震わせ、わたしは姿なき敵と未来を睨んだ。 ◆  十二年後、二十六歳になったわたしは料亭の襖を開く。まだ料理が運ばれる前のテーブルは重圧感と共に黒く光っていた。  四角い座布団の上に座るのは、わたしの勤務する国立感染症研究所、言い換えればウイルス研究所の所長だ。初老の彼はこれからこの部屋の襖を開く人を待っている。  待ち人が現れた。高級オーダースーツに身を包む中年男性。彼は、与党である博愛党の首領。つまり内閣総理大臣の秘書だ。秘書は二人いた。もう一人はかなり若い。若い男性は銀色のアタッシュケースを持っていた。  ケースには大金が並んでいる。そう、これから所長と総理大臣秘書は密約を交わす。昔に流行らせたエポストがワクチンにより死者を出さなくなったからだ。  わたしは所長の信頼を得た側近。若くして主任に抜擢された研究員。  わたしはアタッシュケースを横に置く総理大臣秘書の蓮に目で合図を送ると録音を開始した。蓮は事前に忍ばせた隠しカメラにそっと指を差す。  製薬会社、三社には由奈、敦彦、霧斗がそれぞれ勤務している。やがて三人から情報が入るだろう。  警視庁の青田刑事は、現在、警視正になり立派な官僚候補。そこにもう一人、切れ味の鋭いジャーナリストの男性を仲間に入れた。  さあ、勝負はこれから。わたし達は泣き寝入りはしないと逆流する血に誓った。大切な命を奪ったヤツらを絶対に許さない。  お父さん、お母さん、お姉ちゃん、そして、田辺さん、徳武刑事、どうか天国でわたし達、チームを見守っていて欲しい。  血濡れの復讐。  反撃の狼煙が、今、夜空にあがった。
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