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気がついてみると、夜の田舎の田んぼ道に私は立っていた。
見上げた空は曇天で星も月も隠れていて見えない。
春の夜特有の生暖かい空気が周囲をまとい、少々不気味な雰囲気をかもしだしていた。
でも、それは夢だった。
なんとなくそれに気付いていた。
頭ははっきりとしていないけど、ぼんやりそう思った。
夢の中だから恐怖も身の危険も深刻には思えず、私は道なりに歩き出すことにした。
ときどき、そんな感じの夢を見る。
でも、いつも思考がはっきりとはしていないので、夢の途中でそうとわかってもあれやこれやと好き勝手にできるわけではない。
ただ、霞がかかったような思考の中で、普段ならやらないようなことに勇気を持って踏み出したり、恐怖を感じないで行動したりする。崖から落ちたのに空が飛べたり、ブレーキが効かない暴走車両で人混みをすり抜けたりするような、そんな夢だ。
それはどこか他人事のようで、真っ暗な映画館のシートにもたれながらスクリーンに映る場面の移り変わりを眺めるように、なんとなくこれは夢だからと、情景を俯瞰しながら物事が進んでいく。
そして今、私は真っ直ぐに伸びた夜のあぜ道を歩く。
道の左側には用水路があるらしくやさしい水音を心地よく奏でている。あぜ道の両側に広がる田んぼにはまだ水は張られていない。右側から吹くやわらかな風に乗って、土埃の匂いとあぜに芽吹いた春先の草花の甘い香りが混ざりあって漂う。
私は道の先のぼんやりと輝く光に導かれるように進んでいく。
そこは鎮守の森のようにこんもりと樹が茂った田んぼの中に浮く島のようだった。
森へと向かってしばらく歩くと、道の真ん中に鶯茶の和服を着流しに着た人が立っていた。いや、むしろ闇の中から唐突に浮かび上がってきたという表現の方がしっくりくる。
そもそも現代に着物姿というのは少し異様な思いもするが、それよりも異様だと感じたのはその人が古びた狐の面を着て顔を隠していることだった。
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