桜の樹の下に埋まっているのは……

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 狐面の人は顎をクイッとしゃくって着いて来いというような仕草をし、先に立って歩き始めた。私は狐面の人の不気味さに戸惑いながらも、後を追うことにした。  狐面の人はやはり真っ直ぐおぼろげに輝く森を目指した。  しばらく歩くと森の入口へたどり着いた。  森は鬱蒼とした森ではなく、木々は適度に手入れされているようだった。  鎮守の森は小高い丘になっていて苔むした乱雑な石段が丘の上へと続いているようだった。  狐面の人は私の方を振り返りもせず石段を登っていく。  足元は草履のようなものを履いていたが、まったく音を立てることなく丸みを帯びた石段をするすると登っていく。  私はその後を追い息を切らせながら必死についていく。  気を抜くと足をすべらせるし、まごつくとその速度に置いていかれそうで焦った。  だがそんな時間は長くは続かなかった。丘はそれほど高くなかったのだ。  5分ほど登ると丘の頂上にある広場にたどり着いた。  そこは野球場の内野ほどの広さで周りをぐるりと満開の桜の木々が囲んでいた。  桜の樹同士には綱が渡されていて、その綱にはそこかしこに雪洞が吊るされ淡い光を灯していた。  おそらくこの光が行きがけの道で森を淡く輝かせて見せていたのだろう。  私が石段を登りきった場所で広場を望みながら呼吸を整えていると、狐面の人は立ち止まりもせず広場の真ん中に進んでいった。  野球場に例えるとちょうどピッチャーマウンドの位置にあたるだろう。  そして、狐面は薄明かりの中でおもむろにこちらを振り返った。  狐面の人は私に、好きな桜の樹を選んで根本に穴を掘るようにと指示した。そして、彼の足元の地面に置いてあったスコップを拾い上げ私に手渡そうとする。それは古びてはいるがよく手入れされているようだった。  そこで私は二つの理由から少なからず驚き、困惑した。  まず第一に狐面の人が突然口を効いたという事実に対して。  彼が今まで言葉を発せず身振り手振りで意思を伝達してきたことで、いつしか私は狐面が面ではなく、そういう存在の生き物なんだと錯覚するようになっていたから。  余談として付け加えると、狐面の人の声は宝塚の男役の演技のように、高くも低くもなく潰れても伸びでもなく、ただ耳にはわかりやすくよく通り、かつその性別を判別させなかった。  そして、もう一つ。  最近、大学時代のサークル仲間と久々に開いた飲み会で耳にした『桜の樹の下には死体が埋まっている』という言葉が脳裏によぎったからだ。  その二つの理由で私は剣先の尖ったスコップを受け取ることをためらった。  そんな私の態度を見て、狐面の人はこくりとうなずきこう言った。 「桜の木の下に埋まっているのはけして死体ではありませんよ。ましてや、あなた様を殺して埋めようというのでもありません。桜の木の下に埋まっているのは……まあそれは見てのお楽しみですかね」  と言って面の下でくくくと笑う。  古びた狐面に空いた細い目がその忍び笑いに妙に似合っていた。  私は狐面の人が言うように「好きな桜の樹を選んでその根本に穴を掘る」ことにした。  まずは桜選びだ。  周囲はいく本もの桜の樹が雪洞に照らされて夜に浮かび上がっている。  昔の人がこの世とあの世の境にある妖しい美しさと評したように、うすら恐ろしさを感じさせる淡い緋色だ。  そんな桜の群れの中から私は吟味して一本の樹を選んだ。  まず、なんとなくその枝ぶりが気にかかった。そう思うと、その桜の樹がその場のどの桜より一層輝きを増して見えた。
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