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そういういきさつで私はその桜の木の根本を掘り起こし始めた。
穴は意外にもたいした力を必要とせずサクサクと楽に掘れた。
それは桜の根本の湿った土が砂のようにやわらかかったせいかもしれないし、渡されたスコップの剣先がよく研がれて鋭かったせいかもしれない。おそらく両方だろう。
なぜそれがわかるかというと、私は学生時代造園業でアルバイトしていたからだ。
その時、樹の植え替え作業も手伝っていて、スコップでの穴掘りは硬い地面から砂地までいやというほどやらされた。
それでその感触は体に染み付いてよくわかっていた。
ところで「桜切るバカ、梅切らぬバカ」という言葉があるように、桜の樹はデリケートである。
私は木の根を傷つけないように慎重に掘り起こし、丁寧に手で土を取り除いていった。すると徐々に桜の樹の真下から、根が包み込むように覆っている水晶のような形の透明な物体が出現した。しかし、それは鉱物のように固いものではなく、ゼリーのようにぷるぷると揺れていた。
私は目を丸くして、その不思議な物体を見つめる。初めて見るものなのに、どこか懐かしい。その純粋さを目の当たりにした瞬間、目頭が熱くなり、切ない感情が込み上げてきた。
「一体何ですかこれは?」
私は、狐面を着た人に尋ねた。
「わかりませんか?」
狐面の人は、静かに答える。
「それは、あなた様があきらめた夢の欠片ですよ」
その言葉を聞いて、私はすべてが腑に落ちた。
そうだったのか、これは自分が昔やりたいのにあきらめた夢の一つだったのか。
「さあ、その夢の欠片を取り出しなさい。今なら桜の木の根も解放してくれるでしょう」
狐面の人が促した。
私は、遠い記憶をたどりながら、その物体にそっと手を伸びす。
桜の木の根は鈍重にうごめいてそのぷるぷるする透明な夢の欠片をむき出しにした。そんな風にして私は桜の樹から夢の欠片を受け取った。
見た目から予想していたのと違って、意外にもそれは産み落とされたばかりの子馬のように生暖かかった。
そのぬくもりが両手から伝わって脳に届いた時私は思った。
「ああそうだ、これはあの時の……!」
そう気付いた瞬間、頭の奥で何かが弾けて私は目を覚ました。
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