全部、食べられる洋菓子店

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 ある日、我々は森の中をさまよっていた。  目的は、猫が聞きかじってきた、森を抜けた先にあるというとある洋菓子店の噂をたしかめることだった。    しかし道なき道をゆけどもゆけども、森を抜けられる気配は微塵もない。    どうやら、迷ってしまったのかも。    そう思ったとき私は頭がクラクラとしてうずくまった。そうだった。店探しに夢中になって栄養補給を忘れていた。    私は背中のナップサックからチョコ味の栄養ブロックを取り出し頬張ろうとした。  しかしナップサックはからだった。猫がじゃれついたときに穴を開けてすべての荷物が少しずつこぼれ落ちてしまっていたのだ。  やれやれだ。      私は傍にあった、苔むした倒木に腰掛けた。猫も傍らに座って私に寄り添う。 「でもまあ少なくとも、落ちた荷物を辿っていけば、迷わずもとのホテルに辿り着けはできますニャ」としたり顔で猫が告げた。  私はもやもやしたものを心の奥で押し殺し、苦笑いしながら頷いてみせた。 「それにしても、ずいぶんいろいろ旅をしてきたなあ」  と体調の回復を待ちながら、私は旅の思い出を振り返った。 「そうですニャ。そうそう、ご主人がエッフェル塔の展望台で高所恐怖症だと震えだしたときには、どんな旅になるか気が揉めましたニャ」  とニタニタした笑顔に私が怖い顔をしてみせると、猫は取り繕ったように話をすり替えた。 「と、ところでご主人、旅の目的を覚えていますか?」 「ああ確か、刺激とスリルを求めてじゃなかったかな?」 「いえいえ、それは手段に過ぎニャいですニャ。この旅の目的は、前のご主人。つまりあなたの奥様のことを忘れることでしたニャ」 「そうだった」  そう、私はここにきて、すっかり妻のことを忘れられていたことに気がついた。そういった意味では、この旅はうまくいってるんだと心境が切り替わった。猫も笑顔を見せた。そして、その瞬間、季節が変わって世界に色がついたように、風景が違って見えた。    土や木の香りが鼻腔をくすぐる。湿った空気の匂いを感じる。どこかで花が咲いているのか、甘い香りが漂ってくる。  木々の間から差し込む木漏れ日が、キラキラと眩しく目に映る。  鳥のさえずりや虫の声が響き渡る。風が木々の葉を揺らす音が聞こえる。    そういった情報が洪水のように一気に身体に吸収される。まさに、五感がひさびさにその機能を取り戻したといったような感覚だった。
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