全部、食べられる洋菓子店

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 妻を失って以来、私は空腹を感じない生活を続けていた。  愛する妻の突然の失踪は、心に深い悲しみを刻み込み、私から食欲までをも奪い去ってしまった。    妻は自分の荷物をほとんど残していき、いくらかあった蓄えにも手を付けてなかった。それなりの額の金銭が残されたので、私が一人暮らしをする分には経済的に不自由しない。    さっき空腹を感じないと言ったが、しかし食べなくていいかと言われるとそうではない。  ずっと食べないでいると突然クラクラとして倒れてしまう。  スイッチが切れたようにバタンキューとなるのだ。  だから規則正しい時間に適切に栄養を得なければならない。  たとえ食欲がなくても。  それはある意味では私の身体を健康にした。  食欲に溺れることなく、計画的に栄養化をコントロールできたからだ。  ただ、欠点もある。それはあらゆる物事に刺激を感じなくなってしまったということだ。    私の生活はぼんやりとして、やることなすこと双眼鏡を逆から覗いたように遠い他人事に思えた。  そして時折、妻のことを考えた。    そのせいで仕事にも身が入らなくなり、結局退職してしまった。  前にもいったように私は経済的には不自由をしていないのだ。    それから私は、何もしない日々を過ごした。  朝起きて寝るまで家にいて、誰とも一言も喋らない日もあった。  だが、このままでは廃人のようになってしまう。  私はそれを恐れ、一念発起して妻のことを忘れる旅に出ることにした。    旅のお供は、妻がかわいがっていた猫である。    猫の「あたしも連れて行ってくださいニャ」という提案に、最初は渋ってみせたものの、猫が何度も繰り返す「きっと役に立ってみせますニャ」というしつこい嘆願に根負けし、連れて行くことにした。    私と猫は刺激を求めて旅をした。  いくつもの砂丘をこえ、桑畑を突っ切り、湖をボートで渡った。  いくつかの危険な目と、いくつかの奇跡的な風景に出会った。  ノルウェーの森でオーロラを見たし、ダイヤモンド富士も目に焼き付けた。    だが、猫はあまり役に立たなかった。むしろ邪魔にさえなるような迷惑をかけられた。  一等列車の座席を爪で引っ掻いて、つまみ出されたり。  ネズミを追いかけて、ダウンタウンの危険地帯に入り込み、不良に囲まれたこともあった。  でも猫は素知らぬ振りで「それはお互い様ですニャ。ご主人、あんただってあまり役に立ってはいないですからニャ」といった態度だった。生意気なやつだ。
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