崩壊と照らす

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この世界は、あまりにも騒音が多すぎる。そう思ったのは中学3年生の頃。 「……うるさいな」 学校も、塾も、店も、なにもかも。人の喋り声だけじゃない、歩く音や流れてるBGM、環境音すらうるさいと感じてしまう。 「……もっと静かだったらいいのに」 そんなことを考えながら眠りにつく。 目を覚ますと、コンクリートだったもの、と思われる瓦礫の上にいた。 「は……どこ、ここ」 見渡す限り、人どころか生き物がいないように感じる。そもそもここは日本……いや、地球なのか? 「……静かだな」 思わず、心地が良いと感じてしまう。だが、まずここがどこなのかを知らなければならない。 「スマホ……ない」 スマホだけじゃない、何も持っていない。寝るときに着ていたTシャツと短パンを身につけているだけ。 「周り歩いてみるか」 なぜか近くに靴があったのでそれを履いて歩きだす。折角なのだ、可能な限り楽しもうじゃないか。しかし、歩いても特になにかがあるわけではない。強いて言うなら崩壊した建物とまばらに生えている草。 「漫画でしか見たことないぞ、こんなの……」 ポストアポカリプス……いわゆる終末世界。とてもじゃないが現実味のある話ではない。なぜ僕だけ生きているのかもわからないし、逆に言えば生きているのが僕だけであるとも限らない。だが、なぜかわからないがここは落ち着く。このまま、ずっと、ここにいたい。そう思ってしまったのだ。 「まず……そうだな、最低限の物資を確保しなければ。」 歩いている途中、形こそ崩れているものの、建物は何個か残っていた。とりあえず、水を探さなければいけない。最低限生きるためには、水や食料が必要になってくる。無くなったら、そのまま自分もゆっくりこの世界から消えればいいだけの話。 「これだけ、か」 手に入ったのは数本、ペットボトルに入った水と、いくつかの保存食。それと、そこそこ大きめのリュック。正直、食べれるかもわからない。賞味期限はまだギリギリ大丈夫だが……どこで保存されていたのかもわからない。しかし、手に入っただけでも大きい。歩けばもっと見つかるだろう。なんだか冒険みたいで楽しくなってきた。ここまでくると、他のものも欲しくなる。そうだ、拠点を作ろう。今のところ僕しかいないとはいえ、いつどのような危険にさらされるかわからない。寝ることができて、食料を保管しておける場所が欲しい。小さくて構わない。 「今見てきた建物は大体全部ビルみたいなとこだったしな……」 物資と、拠点を探すために再び歩き出した。不思議なことに、空腹感などはあまりない。正直、いつもの感覚自体ほとんどないような気がする。おそらく、この世界になり、急に1人になってしまったという、多少の絶望と興奮が、他の感覚を麻痺させている原因だろう。少しすれば治るはずだ。そんなことを考えていると、小屋が見えてきた。 「お、ラッキー」 少し古びているが、見てきた中では1番原型が残っているといっても過言ではない。なんでこれだけ他よりきれいに残っているのだろうか。だが、そんなことはどうでもいい。使えるものは使う。今のところ僕以外誰もいないのだから。重いドアを開け、おそるおそる中に入る。ほこりっぽいが、ある程度掃除すれば立派な拠点になりそうだ。それに、生活用品が結構揃っている。よし、ここにしよう。そう決めた瞬間、物音が聞こえた。僕が鳴らしたものではない、別の部屋からだ。 「誰か、いる」 人か、人ではないものかはわからない。それでも、何らかの形で生命活動をしている者がここにいる。一度身を隠そうとした。すると、別の部屋のドアが開いた。 「……人間さん?」 出てきたのはおそらく人、であろう。断定できないのは、顔が紙のお面のようなもので覆われているからだ。僕よりも遥かに小さい、小学生くらいの子だ。 「誰だ、お前」 少し震えながら問う。そうするとその子は返事をした。 「テラ」 テラ、という名前らしい。とりあえず言葉は通じるみたいで安心した。 「……性別はどっちだ」 聞きたいことはいっぱいあるが、どうしても初見で気になったことを聞いてしまった。 「なぁに、それ。」 「男か女か、だよ。知らない?」 テラは首を振る。それすらも知らない小さい子なのか。 「人間さんの名前はなぁに」 「僕は……」 あれ、なんだっけ。なぜだろう、出てこない。そういえば、誰かとまともに話したのなんて久々な気がする。それと名前を思い出せないことは関係ないと思うが。 「……まぁ人間さんでいいや。んで、テラ。親とかいないのか?そもそもここって、誰かいたか?」 少なくとも、テラ以外の人はいなさそうだ。少しでもこの世界を知るチャンスだ。聞いて損はないだろう。 「親、というのはいないよ、多分。テラはずっとここにいるの。ここはなんでもあるから」 謎の多い子どもだ。そして、聞き捨てならない言葉が出てきた。 「ここはなんでもある……?」 「お願いしたら、出てくるよ」 こっち、とテラに腕を引かれ、別の場所に連れて行かれた。 「ここ」 連れてこられた場所は、水晶のようなものがポツンと置かれた部屋。 「このキラキラしたのにお願いしたら、いい、よ」 「……じゃあ、ラーメン出してくれ。」 光が出たと同時に、ラーメンが出てきた。しかも僕が好きな醤油ラーメン。 「まじか……すげぇ……これ、食えるんだよな?」 テラは頷いた。そして一緒に出てきた箸で麺をすくい、食べる。 「……?」 美味しい、とは思うのだが上手くわからない。なんでだ。 「それ、なぁに」 「ラーメンも知らないのか」 美味いぞ、といい、テラに少し食べさせた。 「……美味しい」 2人で分けながら食べた。空腹は逃れられた。 「にしたってこれすごいな……」 「テラがここに来たときにはもうあったよ」 「テラはいつからここにいるんだ?」 少しうつむき、考え始めた。 「……わからない。気づいたらここにいた。水晶と一緒に」 テラは名前を覚えているが、いつ来たかはわからない。僕と真逆だな。 「水晶に聞いたりしなかったのか?」 「……」 なぜだろう、わからないことだらけだ。 「……僕はなんでここにいるんだ?なぜ世界はこうなった?」 水晶に訪ねた。しかし、答えてくれない。 「やっぱダメか」 「人間さんは、どうやってここに来たの?」 「わかんないんだよな、それが……起きたら少し離れた場所にいてさ、そこから歩いてここにたどり着いたんだよ」 そっか、とテラが呟き、こちらを向く。 「折角来たんだからゆっくりしていって。どこ使ってもいいから」 そういうとテラは部屋を出ていった。 「なんなんだ、あいつ……でもそうだな、折角だしゆっくりしようかな」 そうして僕も部屋を出た。 「ある程度きれいになったな」 ここに来ておそらく1週間くらいは経っただろう。僕はここの小屋の掃除と水晶との会話を続けた。水晶と会話っていうのも中々おかしな話だが。テラはあまり出てこない。1日に1回見れば良いほうだ。それと、ここのこともなんとなくだがわかってきた。やはり、なにかの影響で世界は崩壊したらしい。だが、なぜ僕がここで生きているのかもわからないし、テラがなぜここにいるのかもわからないまま。1つだけわかったのは、テラは人間ではないようだ。細かいことはわからないが。 「……人間さん」 テラが話しかけてきた。 「ここ綺麗にしてくれてありがとう」 「気にすんな。僕がやりたいようにしただけだ。」 テラは少しほほえんだ。 「なにか、わかった?」 水晶と会話していることは知っているらしい。 「……テラが人間じゃないってこと、知った」 落ち着いて考えてみれば、僕のことを人間さんと呼ぶのもおかしい。 「うん、少なくともテラは人間じゃないよ。なんていうのかは知らないけど」 「なんか神みたいだな」 「神ってなぁに」 「神ってのは……なんかこう、みんなよりすげーやつのことだ。」 テラがコテンと首をかしげる。難しかっただろうか。 「なぁテラ。僕、前にいた世界が大嫌いだったんだ。そこにいてもうるさくて、休めるとこなんてなかった。でも、ここはすごく良いところだ。テラもいるしな」 まともに人を信頼したことなんてなかったと思う。だが、テラは僕に深く干渉せず、ちょうどいい距離で接してくれる。弟ができたみたいな感覚だ。 「人間さん、は前のところに戻りたくないの?」 ああ、と答える。するとテラは少ししょんぼりとした。 「テラ、ずっと1人ぼっちだった。だから、人間さんが来てくれたの、嬉しかった。でも、人間さんはここにいちゃいけない。」 どういうことだ、それ、と聞こうとしたが、声に出せなかった。 「ここ、人間がいたらダメなの。僕だけでいいの、ここ。」 そのとき、水晶が現れた。 「え、なんで」 「聞いてみて」 口から言葉が溢れた。 「なんで僕は、ここにいるんだ」 『それは、君が望んだから』 何回か聞いたが答えてくれなかった質問。ようやく答えてくれた。 「人間さん、本当に世界が嫌いだったんだね。たまたまテラがそれを聞いちゃったの。だから壊れた。」 僕が世界を壊した?しかもテラがそれを聞いた?何を言ってるんだ。 「テラは、みんなのお願いを聞いて叶えることができるの。水晶はテラの一部。」 「なんだそれ……本当に神みたいじゃねぇか」 「でも、大きすぎる願い事って、願った人の代償も大きい。だから、ずーっとここに いると人間さん、ダメになる」 「だったら、僕はどうしたらいいんだ」 正直、このまま朽ち果ててしまっても構わない。僕は、あの世界に未練などない。周りがどうなろうと構わない。しかし、テラと離れてしまうのはなんとなく寂しいような気がした。 「早く、目覚めること」 テラがそう言うと、まっすぐ僕の方に向かってきた。そして頭に手をのせた。 「ここはテラの場所、他の人がずっといるのはダメ」 テラが僕の頭を撫でる。頭を撫でられるなんて子どもの頃以来だ。記憶はないが。 「人間さんは世界が嫌いかもしれないけど、頑張って」 ここにいたときのように、やりたいことやってみたらいいよ。 そう呟いたテラの言葉が頭の中で反復される。思わず涙が出てくる。 「楽しかったよ」 テラにそう言われ、涙がボロボロと溢れてくる。 「……僕も」 そう言うとテラは微笑んだ。次の瞬間世界は突然暗くなった。 「……うるさいな」 目覚まし時計の音が鳴り響く。いつもの朝がやってきた。 「なんか長い夢を見てた気がする」 ふと、目から涙が出ていることに気づいた。 「……なんで僕、泣いてるんだ」 『大丈夫、人間さんなら』 どこからか声が聞こえた。溢れた涙を拭き、普段は開けないカーテンを開けてみた。朝日が眩しい。しかし、今日の朝日はいつもより綺麗に感じた……のは、気のせいだろうか。
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