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2nd side
翌日、お世話になったメアリーとの別れの時間がやってきた。
「色々とお世話になりました」
「こちらこそ。昨夜は久しぶりに話し相手がいて楽しく過ごせました。自由に旅が出来るってとても素敵です。どうか気をつけて」
ルナは一晩のお礼を言ってメアリーと別れたが、少し歩いたところで正面から馬車に乗って来た男とすれ違い、嫌な予感がした。
目つきの悪い、ゴロツキのような人物であったからだ。
「今の男、メアリーの家に行くのか? あまり印象の良くない雰囲気がしたが。。メアリーに何もなければいいけど」
メアリーの家に向かっていたのは街でも荒くれで嫌われ者である狩狼官(しゅろうかん)〔狼を狩る専門職人〕のセルジュという男であった。
以前からメアリーに目をつけて交際を迫って来ていたが、その都度追い返されていた。
「こんな朝から何の用なの?」
「メアリー、今日という今日はいい返事を聞かせてもらうぞ」
「誰が、あなたなんかと。何度来られても返事は変わりません。いい加減にして下さい」
メアリーが怒りをあらわにすると、セシルが前に飛び出してセルジュの顔を引っ掻いた。
「痛てえ!」
それに続きメアリーが桶に入った水をセルジュの頭に浴びせる。
「さっさと帰って下さい。私はあなたの相手をしている暇はありません」
メアリーはそう言って家の扉を乱暴に閉めた。水を浴びてびしょ濡れになったセルジュは怨嗟の目で閉じた扉を睨みつける。
「そっちがその気ならこっちにも考えがある。俺に逆らった事を後悔させてやる」
その様子を少し遠くから見ていたルナは不安が募る。
「あの男、何をするつもりだ?」
ーーー
「司教様、この街にも魔女が入り込みました」
「真であろうな? 虚偽報告は死罪である事は知っておろう」
「もちろんでございます。メアリー・ローランズと申す街外れに住む娘です。あの娘はブラックナイトという闇夜に輝く特殊な黒薔薇を作り出しました。あの様な薔薇は普通の人間ではとても作れません。
それに家には他にもわけのわからない花がたくさんありますし、猫を飼っております。
古くより猫は魔女の使い手と言います。
これだけでも十分にあの娘が魔女だと言えましょう」
「魔女狩り」は証拠も何もなく、疑われただけで捕縛され、拷問によって自白させられた後、処刑されるという理不尽なものであった。
こんな具合なので、気に食わない女性を魔女にでっちあげるセルジュのような輩もいたのである。
「この街にもついに魔女が現れたか」
司教はすぐに衛兵を呼び出した。
「メアリー・ローランズを捕らえよ」
メアリーには魔女の疑惑がかけられた。
猫を飼っている事。
ブラックナイトが魔女の証明だと言う言いがかりを付けられてしまった。
「私がなぜ魔女なんですか?」
「黙れ! お前の家には怪しげな花がたくさんあるではないか。特にこの黒い薔薇。それとあの猫。お前が魔女である何よりの証拠だ」
「言いがかりもいいところです。ならば猫を飼っている人はみんな魔女なんですか? 花を植えたり生けていたら魔女ですか?」
メアリーの言葉を衛兵隊長は遮るように頬に手打ちする。
メアリーは床に倒れた。
「これから拷問にかけてじっくりと吐かせてやる。魔女なら拷問に耐えられよう」
その時、メアリーの家にルナが入って来た。
「待ちな!」
「何だ? お前は」
「その娘(こ)は魔女なんかじゃないぜ。なぜなら魔女はこの私だからな」
「何だと?」
そう言ってルナが両手を合わせるとルナの体がふわりと宙に浮いた。
風の魔法を応用したもので一メートルほどしか浮き上がれないが、ここにいる連中を驚かすにはそれで十分だった。
「私は月の魔女ルナムーン。お前たち、今まで罪のない女性たちを魔女だと言って処刑してきたけど、本物の魔女に会うのは初めてだろう」
本物の魔女と聞いて衛兵たちは一瞬怯んだが、衛兵隊長の「取り押さえろ!」の声が家の中に鳴り響くと、我に返り一斉にルナムーンに襲いかかる。
ルナムーンは手を空にかざし、魔法を発動する。
「氷の魔法『オアロ』」
ルナムーンの体から無数の氷の結晶が渦巻くように発生して衛兵たちの体を取り巻くと、まるで縛られたように身動きが取れなくなる。
「か、体が動かない。。」
「お前たち程度で本物の魔女を相手に敵うとでも思ったのか。人の皮を被った魔物が」
「おのれ、魔女め」
衛兵隊長はルナムーンの胸に剣を突き刺そうと突進するが、目に見えない何かに剣が止められる。
「剣が。。刺さらぬ、斬れぬ」
「風の魔法『ルガナ』」
動揺する衛兵隊長にルナムーンが指をパチンと鳴らすと風が巻き起こり、衛兵隊長は小さな竜巻に巻き込まれて二メートルほど空中に飛び上がってそのまま地面に落下した。
「心配するな、基本的な魔法だけで手加減しているし、殺しはしない。少しばかり大人しくしてもらうだけだ」
残るはセルジュのみ。
「お前、この前メアリーに言い寄った男だな。フラれた腹いせに魔女をでっち上げたか」
「な、何を証拠にそんな事を」
「ならば、お前は何を証拠にメアリーを魔女などと言った? メアリーは黒死病で両親を失っているんだ。彼女が本当に魔女なら自分の親を病死させるわけないだろう。今だって魔女なら私と同じ事が出来るはず。でも彼女はまったく抵抗できないか弱い女の子だったろ」
ルナムーンがそう言っている間にもセルジュの足元が凍りついて動かなくなっている。
「ひ! あ、足が。。」
司教はそれを見て、衛兵たちにセルジュを捕らえよと命令を下す。
「セルジュ、虚偽報告は死罪だと申した事、忘れておらぬだろうな」
セルジュは逃げようとするが、足元が凍りついているために身動きが取れず、その場に倒れて兵士たちに取り押さえられた。
セルジュは司教に懸命に言い訳と命乞いをするが、司教の目は険しい。
「し、司教様。。お助け下さい」
「虚偽で世の中を惑わした罪は重い。この者をさっさと連れて行け!」
司教の命令でセルジュは衛兵に縄をかけられ、馬車の荷台に乗せられた。
往生際悪く助けを求めるが、司教も兵士たちも聞く耳を持たなかった。
「司教さんよ、あんたが話のわかる人で助かったよ。メアリーにも言ったが黒死病はネズミが原因だ。ネズミを駆除すればこの国から黒死病はなくなるよ」
「黒死病は魔女の仕業ではないのか?」
「いくら魔女でもそんな巨大な力はない。せいぜい十数人程度を今みたいに動けなくするくらいだ。それに魔女は人間を無闇に襲ったりはしない。そちらから仕掛けて来ない限りはね」
司教は「そうか。。」と言うとルナムーンとメアリーに済まなかったと頭を下げた。
「私は思い違いをしていた。。魔女は我々人間とわかり合えない陰湿で残忍な者だと思っていた。君のような魔女ならわかり合えるし、人と魔女の関係も良くなっていくだろう。メアリーと申したな。虚偽に騙されていたとはいえ済まぬ事をした。もう君の生活を脅かす者はいない。安心して暮らすがいい」
司教はそう言うと衛兵たちと引き上げていった。
こうしてメアリーはルナムーンに救われる。
「ルナムーン、助けて頂いてありがとうございました」
「礼には及ばないよ。私はメアリーに助けられた。その恩返しをしただけだよ。私のように魔女は人間社会の中で普通に生きているし、仲良くやっている。
それを人間たちが勝手に何かあれば魔女の仕業にして罪のない女性たちが処刑されるのを見ていられなくなったのさ」
その時、メアリーの飼い猫であるセシルが二人の足元に歩いて来る。
ルナムーンはセシルの頭を撫でると元の町娘の服装に戻った。
「さて、また旅に出る事にするよ」
「ルナムーン、また会えるかな?」
「ルナで良いよ。そうだね。この街に再び魔女狩りなどという愚かな行為が起きた時は私はいつでもここに来る」
ルナムーンは手を振ってメアリーとこの街に別れを告げた。
ルナムーンは残存する数少ない魔法使い。
彼女は人間界に溶け込んで人との交わりを大切にしている一方で理不尽な輩には魔法の鉄槌を下す。
そしてルナは今日も旅に出る。
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