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木星の魔女編 王子の依頼
メアリーと別れたルナは当てのない旅を再開する。
あと少しで次の街カノバレンに辿り着くところまで来てここから先どうしようかと思案していた。
「カノバレンで少し滞在していくかな。お金も稼がなきゃいけないし」
そう、ルナは前の街で全財産を落としてしまい、メアリーに助けられたのだ。
その後、黒死病の原因がネズミとわかったルアン王国は魔女狩りを中止して、ネズミ駆除に全力を傾けた。
ルナは行く先々で魔法を使いネズミ駆除を手伝っていくらかの謝礼金をもらい、そのお金で何とかここまで食い繋いできた。
だが、今後旅を続けるにはあまりにも心許ない。
ここいらで少し長めに街に滞在して何らかの仕事でまとまったお金を稼ぎたい。
そう考えていた。
そんな時、森の中から馬の悲鳴と人の声が聞こえて来た。
「何だ? 今の声は」
ルナは状況からして何か事故が起きたのではと急ぎ声のする場所へと走った。
「フィリップ王子、しっかりして下さい」
「うう。。」
フィリップと呼ばれた十七歳の少年は出血した肩を必死で押さえていた。
フィリップは護衛兵数人を引き連れて森の中で狩りを行っていたが、馬が仕掛けてあった猪取りの罠に掛かってしまい、フィリップを振り落としてしまったのだ。
フィリップは激しく地面に叩きつけられ、左腕を折っただけでなく、落ちていた木の枝が突き刺さって大出血を起こしていた。
このままでは命が危険な状況であった。
「どうした? 何があった?」
突然森の中に現れた少女に護衛兵が一斉に剣を構える。
「怪我をしたのか?」
ルナが近寄ろうとすると兵士たちが前に立ち塞がり行手を阻む。
「おい、その男の人かなりの怪我じゃないか。このままでは命が危ないぞ。死んでもいいのか?」
「黙れ! お前のような得体の知れない女が王子に近寄るなど畏れ多い」
「王子だろうが誰だろうが助けなきゃならない時には関係ないだろう」
ルナがなおも近寄ろうとするが、兵士たちに強引に押し除けられてしまう。
「やむを得ない。氷の魔法『オアロ』」
ルナの体に氷の結晶がまとい、それが拡散されると兵士たちの体が動かなくなる。
「何だこれは?」
「魔女だ! 王子が危ない」
動けない兵士たちの声を無視してルナは急ぎフィリップのもとに駆け寄る。
「酷い出血だ。今治療するから辛抱していて」
ルナが回復魔法「ヒーラー」を使うと腕の出血が止まり、みるみる痛みがおさまり傷が塞がっていく。
「これは? 信じられない。。君は本当に魔女なのか?」
「お喋りは後にして。もう少しで治療は終わるよ」
フィリップは治療の間、ルナムーンを見つめていたが、治療に集中しているルナムーンはその事に気がつかなかった。
〔金色の髪に宝石のような青い瞳、白い肌。まるで芸術品のようだ。こんな女性がこの世に存在するとは。。〕
それから数十秒後、出血も骨折した腕も完全に治療した。
「ありがとう。君は命の恩人だ」
「たまたま通りかかって良かった。じゃあ、私はこれで」
「あ、君の名前は?」
「月の魔女、ルナムーン」
ルナはそれだけ言うとフィリップの前から去って行った。
それと同時に「オアロ」で動けなかった兵士たちの体が自由になった。
「王子、お怪我は大丈夫なのですか?」
「ああ、この通りもう何ともない。あのルナムーンは私の命の恩人だ。このまま礼もせずに別れるという訳にはいくまい」
フィリップはそこまで言うと従者のエミールを呼び寄せる。
エミールは先ほどルナがいた時には馬車に待機していてこの場に不在であった。
「エミール、あの娘の行方を追って見つけたら宮殿にお連れしてくれ。いいか、彼女は魔女とは言え私の命の恩人。くれぐれも丁重にな」
「かしこまりました」
「ルナムーン。。美しい女性だった。我が王妃として迎え入れたい」
ーーー
王子を助けてカノバレンの街に入ったルナ。
「さて、まずは職探しだな」
ルナはギルドに向かったが、一口にギルドと言っても職はさまざま。
肉屋、魚屋、仕立て屋、パン屋など、もちろんハンターもあるが、この街では猪と狼がメインであった。
「私が出来そうな仕事はあるかな。。」
ルナが募集広告に目を通していると、突然「お仕事をお探しですか?」と声をかけられた。
ルナが見ると二十代前半くらいと思われる男性であった。
「私は旅の途中でこの街に立ち寄っているので、短期間でそこそこ稼げる仕事を探しています」
「ならば王宮での仕事はどうでしょう? 一回でかなり高額になるものがありますよ。ただし危険も伴いますけど」
危険が伴うと聞いてルナは手を振って拒否した。
「危険なのは真っ平ごめんです。普通でいいんです。とりあえず当面の生活費が稼げれば問題ないので」
「そうですか。でもまずはお話だけでも聞いて頂けますか?」
男の態度にルナは何となく状況を察知した。
「もしかして、あなたさっき助けた王子さんの臣下?」
「はい。私はフィリップ王子の従者を務めるエミールと申します。フィリップ王子があなた様にどうしてもお礼を言いたいので丁重にお連れするよう命じられております」
「だからそんな事気にしなくていいんだって伝えて下さい」
「そう言うわけには参りません。仮にも命を助けて頂いたのです。それ相当のお礼をしなければこの国の王子としての体面が立ちません」
ルナはため息をついた。
王族というのはどうしてこう体面とか地位とかを気にするのだろうと。
「断っても付いてくるんでしょ。ならさっさと終わらせたいから連れて行って」
ルナの言葉に従者は頭を下げる。
「ありがとうございます。宮殿で王子があなたを待っております。ご案内致しますので馬車にお乗り下さい」
ルナは一般市民がまず乗る事はないであろう高価な飾り付けのされた馬車に乗って王宮へと連れられた。
カノバレンの最深部に位置する王宮の大きな門が開くと馬車は宮殿の入り口へと走る。
門から入り口まで馬車で十分ちかく走る距離だ。
「だだっ広い宮殿だな」
「これでも他国に比べたらかなり小さくてこじんまりした宮殿なのですよ。国王は必要以上に贅沢をなさらない方なので、王子たちも王族として最低限の資産と宮殿を与えられているだけなのです」
宮殿の中に入ると大理石で作られた柱に金の装飾が施されており、天井にはシャンデリアと壁画が描かれていた。
贅沢はしないと言ってはいるが、ルナに言わせれば相当な贅沢である。
これを作るお金でこの国の国民がどれだけの年月を暮らしていけるのだろうと思うと王族という者が好きになれないルナであった。
〔こんな宮殿なんかよりも花を売って生活していたメアリーの家の方が好きだったな〕
そして「王子の間」と呼ばれる部屋の扉の前まで来ると従者は恭しく「ルナムーン様をお連れ致しました」と声をかけて扉を開くと、先ほど助けたフィリップ王子が玉座に座っていた。
「よく来てくれた、ルナムーン。先ほどは命を助けてくれてありがとう。感謝する」
「お礼ならいいですよ。さっきも言ったけど、偶然通りかかっただけだから。それだけのためにわざわざここまで連れて来たのですか?」
「君がギルドにいると聞いたのでね、お金が必要なら僕が出してあげようと思ったんだ」
フィリップの言葉にルナはカチンと来た。
物もらいじゃあるまいし、恵んでもらうつもりなど毛頭ない。
何で王族とか貴族って奴はこんななんだ。
ルナは王子に対してきつい言い方だとは思いつつはっきりと断った。
「あなたにお金を貰う理由がありません。お金は労働の対価だと思っています。無料(ただ)で貰えるお金ほど危険なものはありません。そんな話なら帰らせて頂きます」
それだけ言い終えると踵を返して帰ろうとするルナ。
「待ってくれ! その。。言い方が悪かった。すまない。ちゃんと頼みたい事があるんだ」
フィリップは慌てて玉座から立ち上がり、帰ろうとするルナの手を掴んで謝罪する。
その時に目と目が合ってフィリップはルナを凝視してしまうが、ルナの方は呆れ顔であった。
「手を離して頂きたいんですけど。。」
「あ、すまない」
再びルナに強い口調で言われてフィリップは手を離す。
そして正式な仕事依頼をルナに伝えた。
「正式に仕事を依頼したい。内容は討伐だ。実はこの街は少し前から君とは別の魔女にたびたび襲われて被害に遭っている。その魔女を見つけ出して退治して欲しいんだ」
「私と別の魔女?」
ルナは首をかしげた。
確かにルナも魔女であるし、人間界に普通に溶け込んで生活をしているが、実のところ自分以外の魔女にこれまで数人しか出会った事がないのだ。
少なくともこの国の周辺では一人もいないと思っていた。
「この国に私以外にも魔女がいるとは驚いた。討伐するかどうかは会ってみて判断するという条件でいいのなら引き受けるよ」
「それはどういう事だ?」
「あんたが自分以外に人間がいない世界にいたとして、そこで同じ人間に出会ったら相手の事を何も知らないまま命を奪うのか?」
ルナに言われてフィリップは「あっ」と気がついたようだ。
「確かに言われてみればその通りだ。その魔女が何らかの理由があって我々に敵意を抱いていて、それが話し合いで解決出来るのというのであれば君に一任しよう。それでどうだ?」
「あまり気は進まないけど、それが仕事だと言うのならわかった。やってみる」
こうしてルナムーンは予期せぬ同じ魔女との対決に向かう事となった。
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