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木星の魔女
カルバノンの街から少し離れた場所にある森。
ルナムーンは王子に依頼されてこの森に現れるという魔女と対面しに来た。
とは言ったものの、本当に現れるのかは眉唾物だ。
しかし当面の生活費を稼ぐためだ、いなければいなかったと報告すればいい。
任務はこなしたのだから文句を言われる筋合いもないし、お金もきっちり貰うつもりだ。
森の中、そんな事を考えながら歩いていると、前方から魔力を感じた。
「いる。。魔力を感じる」
魔法使いの持つ魔力をルナは敏感に感じ取っていた。
おそらく相手もルナの魔力を察知しているだろう。
そして目の前に現れたのはルナより少し歳上と思われる女性。
セミロングの金髪に茶色の瞳。
見た目と背格好はほとんどルナと。いや、人間と変わらない。
対面した二人はお互いに相手の魔力を感じ取っている。
「魔力を感じる。。お前は何者だ?」
「月の魔女ルナムーン」
「月の魔女。。ほう、久しぶりに魔女に出会った。私は木星の魔女ロザーラ」
「木星の魔女。初めて出会う」
「それはお互い様だろう。この数十年、魔女と出くわした事がない。魔女狩りのせいでな」
「そうだね」
ロザーラはそういうとルナに向かってスティックを向けて攻撃の意思表示を見せる。
スティックは見たところ鉄製で当たれば骨が砕け、突かれたら胸から背中に貫通する程の威力だろうと推測される。
「だが、たとえ同族であろうと人間に味方する魔女は私の敵。容赦なく葬る」
「話し合いの余地もないのか?」
ルナがそう言い終える前にロザーラがスティックで攻撃してくる。
ルナはそれをかわすと魔法を唱える。
だが、ロザーラも同時に魔法を唱えた。
「氷の魔法『オアロ』」
「炎の魔法『ファイア』」
二人が放った魔法で氷と炎が空中でぶつかり合う。
「炎の中級魔法『ファライア』」
「氷の中級魔法『オルガ』」
今度はどちらも中級レベルの魔法を放ち、巨大な炎と極寒のブリザードが激突する。
しかしロザーラの炎はルナのブリザードによってかき消されてしまった。
「ちっ! 私と相性の悪い水系の魔法か。ならば」
ロザーラは両手に持ったスティックでルナに襲い掛かる。
魔法で分が悪いのならば直接の打撃による攻撃とばかりにスティックを振り回す。
武術の心得があるのか、その動きは速く攻撃は鋭い。
ルナは顔目掛けてきた攻撃を防御魔法で受け止めた。
「防御魔法『バリアラ』」
カーンという金属音が響き、ロザーラの攻撃が弾き返される。
ルナが魔法だけでなく通常攻撃も弾き返せるのをロザーラは感心した表情で見ていた。
「月の魔女は属性に制限がなく、全ての魔法を使いこなすと噂には聞いていたが、なるほど。大したものだな」
「私を認めてくれるのなら話し合いに応じてもらえないだろうか」
ルナの言葉にロザーラはようやく攻撃の手を止めた。
「ルナと言ったな。君は人間に頼まれてここに来たのか?」
「ええ。まあ」
歯切れの悪い返答しか出来ないルナにロザーラはため息をつく。
「人間は愚かにも我々魔女を殺そうとしている。我々は今までずっと人間の中で何事もなく暮らしていたのに。何か異変が起きると魔女のせいだと? 勝手過ぎる。
だから私は人間を助けるのをやめて、魔女狩りに来た奴らを撃退していたんだ。お前は同じ魔女なのに何とも思わないのか?」
「確かに、ロザーラの言う事は一理ある。だけど、ここで無闇に人間を攻撃すればますます魔女に対する敵対心が増すだけ。
私のように普段は普通の人間のフリをして人間の中に溶け込んでしまえばいい。目の前で見過ごせない暴行が行われているなら、その時はそいつらを懲らしめる。魔法を使うのはその時だけだ」
「甘いな。そんな事で人間とわかり合えると思っているのか?」
「全員とは言っていない。自分の目の届く範囲内でいいんだよ。全ての人間とわかり合うなんて魔女はおろか人間だって出来やしないんだから」
確かに。。
ルナムーンの言うことにも一理あるとロザーラは考えていた。
こちらに敵対心剥き出しで来る人間に対しては容赦なく反撃するが、友好的な人間とは仲良くやっていきたい。
ロザーラとてそう思っている。
「魔女狩りをやるような人間に対しては私も容赦なく魔法で攻撃をする。だけど、何の罪もなく普通に暮らしている人たちまで傷つけたり攻撃する事はないんじゃない?」
「意外に甘いんだな。君は比較的いい人間と出会えているという事か。私はいつも出会うたびに逃げられるか攻撃されるかだった」
ルナはロザーラの姿を見て「いや、それはあんたが見るからに攻撃的だからでしょう」と思い、苦笑いしながらやんわりとそれを伝えた。
「とりあえずはそのスティックを見せるのをやめて普通の人として過ごしたほうがいい。それを見せるから怖がられて攻撃されるんだよ」
「これは私にとって指輪みたいなものだから。。」
「そんな指輪ないでしょ。あんたがその姿で現れたら相手は殺されると思うでしょう。普通にしていれば相手も何もしないよ」
根は悪い奴じゃないんだな。人間たちが彼女を怖がって攻撃するのならば、それをやめさせれば問題は解決するだろう。ルナはそう思った。
「とりあえずここの領主である王子には今後ロザーラは人を襲わないと言っておくから」
「わかった。相手が何もして来ないのであれば、私も無闇に攻撃する事はない。そう伝えてくれ」
ルナとロザーラは最後は握手をして久しぶりに同じ魔女と出会えたことに感激した。
「さっきは攻撃してすまなかった。だがルナムーン、君にに一つ教えておいてやる。人間を襲う魔女は私だけではない。中でも一番の強者は『冥王の魔女ソフィー』。あいつだけはまともに話し合いが通じると思わない方がいい」
「冥王の魔女。冥界の者か。。それは厄介だな」
冥王の魔女は魔女仲間の中でも恐れられる存在であった。
相手を死に至らしめる強力な魔法を使うだけでなく、殺されると人間も魔女も冥界へ落とされて永遠に暗闇を彷徨う事になる。
「冥界の魔女ソフィー。その名前覚えておくよ。出会わない事を祈るけどね」
こうして数十年ぶりに出会った魔女との和解が済み、ルナムーンは宮殿へ戻って行った。
ーーー
「というわけでロザーラは今後は人を襲わないと約束してくれたし、大丈夫だと私も確信している。無闇に彼女を刺激しないように頼んだよ」
ルナの報告を受けてフィリップ王子は「ありがとう」とお礼をいい、早速ルガナの森の警備を解いて今後はロザーラに攻撃しないよう従者のエミールを通じて指示を出した。
「ルナムーン、これは約束の謝礼金だ」
そう言って手渡された金貨を見てルナは満足そうに受け取る。
「ありがとうございます! これでまた旅に出られる」
「なあ、この国にもうしばらく滞在してはくれないか?」
「どうして? 別にお金を稼ぐ以外にこの国に残る理由がないし、私は旅をするのが好きだから、一ヶ所にいつまでも留まらないよ」
フィリップはそれを聞いてそれ以上引き留める理由がなくなり寂しげな表情を浮かべる。
それを見てエミールがフィリップに耳打ちする。
〔あまり無理を言って引き留めるとかえって反感を買います。王子の気持ちもわからないでもありませんが、あの方とは縁がなかったと思って諦めなされ〕
「そうか。。縁がなかったのか。。」
まだ諦め切れないフィリップをよそにルナムーンは一礼して王宮を後にする。
フィリップはその後ろ姿を見送るだけであった。
「王子、人間と魔女の結婚など誰が認めるとお思いですか? そのような事をすれば国は混乱して下手をすれば王子もルナムーン様のお命も危うくなります。先ほども申し上げた通り、所詮は叶わぬのです。ルナムーン様の旅路の安全をお祈り下さい」
エミールにそう言われてフィリップはようやく諦めがついたようであった。
「人間と魔女。所詮は叶わぬ恋か。そうだな、私はともかくルナに危険が及ぶような事は出来ぬ。エミールの言う通りルナの旅路の安全を祈願する事にしよう」
フィリップはようやく気持ちが吹っ切れたようであった。
ルナの旅路の安全を祈願して出会いに感謝するのだった。
ーーー
「次はどこに行こうかな」
どうせ自由気ままなあてのない旅。
ルナはさっき貰った金貨を一枚取り出した。
「表が出たら東へ。裏が出たら西へ行ってみる事にしよう」
ルナは金貨を宙高く放り投げて地面にポトリと落ちたところを覗き込む。
「表だ。じゃあ東だな」
東に行けば世にも美しい王妃がいるというセントレイク王国に向かう事になる。
どれほどの美人なのか興味もあったが、王妃に会う事などまずないだろうなと思った。
ルナは金貨を拾い握りしめると東にある国セントレイクへと向かった。
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