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逃避行
国王ジェロームには二人の甥がいた。
もしジェロームに何かあった場合、次の国王の候補となる者だ。
二人はいざとなった時のためにいつでも王になる準備をしていたが、エレナ派で聡明なジュリアンに比べて野心家のエンリコは権力の座に執着していた。
エンリコはジェロームに何かあれば国王から引きずり下ろし、自ら新国王にと考えている人物である。
表向きは従順なエンリコにジェロームは騙されていて、エレナ派のジュリアンは煙たがれる存在であった。
エンリコはエレナの秘密を盗み聞きすると、まずはエレナの排除を考えた。
ジェロームに進言してエレナを排除した後、魔女を王妃に迎えた国王の責任問題を問い、ジェロームも国王から失脚させて自らが国王になるという青写真を描いたのだ。
エンリコはすぐさま行動に移した。
エレナの正体を国王ジェロームに報告したのだ。
「王妃が魔女だと? 本当であろうな」
「はい、私は王妃自身がそう言っているのを確かに聞きました」
ジェロームはエンリコからの報告に驚きと今まで騙されていたという怒りに打ち震えていた。
「それで王妃がいつまでも若く美しい理由がわかった。魔女であれば歳を取らぬわけだ。わしは見た目に騙されていたのか。。許せぬ、王妃を捕らえよ」
ジェロームの命令にエンリコは薄笑いを浮かべる。
「これでまずはあの邪魔者を排除出来る」
「エレナ様、大変です。近衛兵たちが私たちを捕えに押しかけてきます」
「何ですって?」
「どうやら私たちの正体が露見したようです」
ジャンヌの報告にエレナもルナも驚きを隠せない。
「どうしてバレたんだ。誰か私たちの会話を盗み聞きでもしていたのか。。いずれにせよここは危険だよ。この宮殿から出よう」
「逃げなければならないのですか?」
「私のこれまでの経験上、こうなった時には話し合いなどまず通じません。逃げるか力でねじ伏せるかしかないんです。この場は逃げましょう」
「わかりました。ジャンヌ、行きますよ」
エレナとジャンヌは戸惑いながらもそれしかないと従う事にした。
ほとんど入れ違いであった。
ルナがエレナとジャンヌを連れて宮殿から抜け出したのとほぼ同時に王の差し向けた兵士が王妃の部屋に雪崩れ込んだ。
兵士たちはあたりを見渡して誰もいないのに気がつく。
「王妃はどこへ行った?」
隊長らしき男が王妃に仕えるメイドの一人に問いかけるが、メイドも王妃の行方を知る良しもない
「先ほどから姿が見えません」
「さては逃げたな。おのれ魔女め。兵を総動員して王妃。。いや魔女エレナを捕らえよ」
エレナとジャンヌはルナに付いて街の中を歩いていた
なるべく裏通りを通ってひと目を避けながらの逃避行だ。
二人は目立たないようにルナが急遽買ってきた庶民の服に着替えていた。
「それにしてもなぜ逃げなければならないんでしょう。話し合いさえ出来ないなんて。。」
ジャンヌがため息をつく。
「みんながみんなそうとは言いませんけど、世間の私たちを見る目はそんなものです」
ルナは自身が旅をしていて感じていた事を話す。
人間界には差別というものが存在すると。
人は自分と、あるいは自分たちと違うと認識した者に対して嫌悪感を抱く。
そしてその者に対して集団で攻撃したり排除しにかかる。
「特に魔女は昔から人間社会に災いをもたらしたなどという根も葉もない事を言われて来ました。魔女と聞けば災いの元。そういうイメージがついてしまっているんでしょうね」
「悲しい事ね。確かに人間と対立している魔女がいるのは事実だけど、ほんの一部の魔女たちの横行で全員がそんな風に見られてしまうのは」
エレナはため息をつく。
「王妃」
ルナがエレナに話しかけるとエレナはその呼び方はやめてと返す。
「王妃じゃなくエレナでいいわ。もう王妃じゃないんだし」
「わかった。じゃあこれからエレナって呼ぶ事にする。まさかこんなに早く正体が露見するとは予想していなかったんじゃ。。心の準備をする暇もなかったでしょう」
「ちょっとびっくりしたけど、私は地位に興味はないから。たまたま好きになった相手が国王だっただけ。だけどそれももう終わった事。むしろ気軽になってスッキリしたかな。一つだけ言えば法を変えられなかったのが残念だったかな」
「私はエレナ様の従者に変わりはありませんからね」
この二人、王妃とその従者ではあったけど、まったくそれを感じさせない気さくさがあるな。
ルナは好感を持った。
一方で、宮殿では事態はエンリコの予想外の方向に進んでいった。
これまでエレナが務めていた外交であったが、エンリコでは話がまとまらず相手を怒らせる始末。
さらに国民の人気が高かったエレナが王妃を退任したという報が国中を駆け巡ると民衆が一斉に発起した。
各地でエレナの王妃復活を叫ぶ声が上がったのだ。
「どうなっておるのだ? あやつは魔女だったのだぞ。なぜ民衆は魔女の味方をするのだ?」
ジェロームの問いにエンリコはとんでもない事を言い出す。
「おそらく魔力で民衆の心を操っているのでしょう。このままでは叔父上の権威が失墜していまします」
「早くエレナを捕らえて来ぬか! 役立たずどもめが」
ジェロームの態度に側近たちは霹靂していた。
王妃がいた時にはこんな事がなかったのに。
今にして思えば王妃は一度たりとも臣下に対してこんな居丈高な態度は取らなかった。
宮殿内にエレナの復帰を求める声があちこちからあがり始めた。
「たとえ魔女だったとしても、あの方は我々と対等に接してくれたし民衆を大事にしてれた」
「エレナ様に戻ってきてもらおうではないか」
国王とエンリコの態度に嫌気がさした臣下たちも宮殿内で反乱を起こした。
外では民衆が、内では国王の臣下たちが反乱を起こし、セントレイク王国は未曾有の危機に陥っていた。
そんな事になっているとは露知らず、エレナとルナ、ジャンヌの三人はこの先どうしようか思案していた。
「ねえ、ルナムーン。あなたさえよかったら三人で旅をしない?」
「私は構わないよ。でもエレナもジャンヌもそれでいいの?」
「エレナ様がそれでいいなら私は一緒についていくだけ。宮殿での生活にも飽きたし、気ままな旅もいいんじゃない」
「そうか。じゃあ三人で気ままにあてのない旅でもしようか」
ルナがそう言った時、背後から男の声がした。
「そいつは少しばかり待ったほうが良さそうだぜ」
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