月の魔女編 1st side

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月の魔女編 1st side

「魔女を見つけたぞ!」 「待て!」 「ああ。もう、しつこいな。。」 ルナは魔女狩りで執拗に追ってくる兵士たちを撒くのに苦労していた。 彼女は人間であるが、魔法を使う能力を持って生まれた魔女でもある。 普段はその能力を隠しているが、人助けのために魔法を使ったのが密告されて追われる羽目になっている。 「やっと撒いたか。やれやれ」 ルナはようやく追手を撒いてひと休みしようと懐を探ると、大事なものを失くしている事に気がついた。 「お金が。。ない」 どうやら追われている最中に落としたらしい。 「えっ? ちょっと待って。本当にない。。あれは前の街のギルドで稼いだ当面の生活費だったのに。。今晩のご飯と宿どうしよう」 ルナは途方に暮れる。 「次の街に行ってギルドでお金を稼がないと。。とにかく最低限その日の生活が出来るお金だけでも」 ルナは急ぎ次の街ルアンへと向かう。 夜であれば風に乗って飛べば速いのだが、昼間に魔法を使って見つかればまた追われる事になる。 それに少しでも体力を温存するためにルナは歩く事にする。 「ルアンまで半日はかかるな。着いたとして今夜は飯なし野宿確定だな。。」 ーーー 時は中世ヨーロッパ。 メアリー・ローランズは花売りの少女で十八歳になる。 茶髪のポニーテールに青い瞳の可愛らしい女性であった。 メアリーの暮らす街、ルアンは人口三百人ほどの小さな街だが、ここ数年流行病によって数多くの人たちが亡くなっている。 人々は病気を恐れて魔女を引き合いに出した。 この国の凶事はすべて魔女によるものだと。 そして国を挙げての魔女狩りが始まったのである。 「おはよう、メアリー」 「おはようございます!」 メアリーの朝は馬車にいっぱいの花を積んで街の中心にある商店街に出かけ、契約してくれているお店に花を届ける事から始まる。 元々は彼女の両親がやっていた花屋であったが両親は流行病(はやりやまい)で他界し、現在はメアリーが一人で切り盛りしている。 街の人たちのほとんどは古くから暮らしているため彼女が幼い頃から知っていて、両親の時代からのお得意様だったので、みんなメアリーに優しかったし、メアリーはこの街が大好きだった。 花の配達をひと通り終えると、朝食のパンを買いにパン屋に立ち寄る。 パン屋のお婆さんはかなりの高齢で、メアリーが毎朝立ち寄っては様子を見ていて、お婆さんの体調が優れない時にはパン屋を手伝うこともある。 パンを買い終えるとメアリーは馬車に乗って帰路に着く。 毎日がそんな生活であった。 そんなある日、メアリーがいつものように花を届けた帰り道、道端で倒れている一人の少女を見つけた。 金髪に青い瞳。歳はメアリーと同じくらいであろうか。 こんな少女が道端で倒れているのはただ事じゃないとメアリーは馬車から降りて声をかけた。 「もし、どうなさいました?」 「お金を落としてしまって、昨日から何も食べてないんでお腹が減って動けない。。」 「まあ、それは大変。うちで良かったら質素な物ですけど食事くらい出せますよ」 「いえ、そんな。。見ず知らずの人にお世話になるわけには。。」 「今、知り合いなった。これでどうかしら?」 「え?」 少女はその言葉に驚いてメアリーの顔をまじまじと見てしまうが、メアリーはにこりと笑い、少女の手を取って「さあ、乗って!」と馬車に乗せて自分の家に連れて行った。 メアリーの家は花屋らしくたくさんの花が部屋のいたるところに飾られていて、鮮やかな雰囲気と花の香りが漂う素敵な空間であった。 aa49af36-83c9-4a1e-a606-7845ca0517a0 「大したものは出せないけど、どうぞ遠慮なく召し上がって下さい」 パンとシチューの簡単な食事であったが、よほどお腹が空いていたのか、少女はかき込むように食べた。 メアリーの飼っている猫が珍しそうに少女を眺めている。 「セシル、お客さんにいたずらしちゃダメよ。大人しくしてなさい」 セシルと呼ばれた猫は「にゃー」と返事をすると床下で寝てしまう。 少女はパンとシチューをすべて平らげるとようやく生き返ったという表情になった。 「本当にたすかりました。すっかりお世話になってしまって。。ごめんなさい」 「謝る必要なんてないです。困った時はお互様ですよ」 メアリーはそう言って微笑む。 少女はよく見ると金髪がとても似合う可愛らしい女性であった。 旅人かな? と思ったが、服装はメアリーと変わらない普通の町娘であった。 「私、ルナと言います。当てのない旅をしている吟遊詩人です」 「まあ、吟遊詩人なんて素敵ですね」 「いや、それも方便で実はこれといった特技はないんですよ」 ルナは頭を掻きながらバツの悪そうな顔をする。 「あの。。こんな事聞いて良いのかわからないんですけど、お一人で暮らしているんですか?」 ルナは恐る恐る聞くが、メアリーは気にする様子もなく答えてくれた。 「ええ。お父さんとお母さんは二年前に流行病で死んでしまったの」 「流行病。。もしかして高熱が出て咳がとまらなかったり体に湿疹が出来たりしませんでしたか?」 「はい。その通りです。どうしてご存知なのですか?」 「黒死病ですね。。私はこの国だけでなく近隣国も旅して来ましたが、みんな同じ病状で亡くなられているのを何度も見ましたから」 「そうだったのですね。他の国でもやはりこの病が。。黒死病は魔女の仕業だとこの街でも評判になっています。でも本当に魔女なんているのかしら? だって誰も見た事がないんですよ」 この時、この国を襲った死の病は「黒死病」と呼ばれて恐れられた。後のペストであった。 「魔女は関係ありません、病気の原因はネズミです。ネズミを撲滅させればこの病は収まります」 「ネズミ? ネズミのせいで人間が死ぬのですか」 「ネズミは人間にとって有害なものを体につけているのです。ネズミが触った食べ物を知らずに食べてしまったりすると、黒死病になる可能性が高いんです。幸いこの家には猫がいるのでネズミは出ないようですね。この猫はいつから飼っているのですか?」 「両親が亡くなった後からです。どこからともなくひょっこりと現れて、居座られちゃって。私も一人では寂しかったからセシルという名前を付けてここで飼うことにしたんです」 「そっか。この猫はあなたを黒死病から救いに来てくれた神の使いかも知れませんね」 「まあ、だったら大事にしなきゃね。セシル、あなたは神の使いなのかしら?」 メアリーはそう言ってセシルの頭を撫でる。 ルナは部屋に飾ってあった一輪の黒い薔薇に目がいく。 「この黒い薔薇は?」 「あら、その薔薇に気がつくなんて目が高いのね。これはブラックナイトと言ってね、私の両親が長年かけて改良してきた品種を私が引き継いでやっと完成させたものなの」 その黒薔薇は月の明かりに照らされると輝いたように見えると言う。 この日は満月の夜で、月夜に照らされたブラックナイトはまるで自ら発光しているのかと錯覚するような輝きを見せていた。 ルナはその輝きにすっかり魅了された。 「ブラックナイト。。こんな綺麗な薔薇は生まれてから一度も見た事がありません。とても良いものを見せてもらいました」 生みの親であるメアリーでも千本に一本以下の確率でしか作り出せない貴重な薔薇であった。 当然、市場では普通の薔薇の数十倍もの値段が付く高価な物で、貴族が祝い事に依頼するようなまさに「高値の花」であった。 後に生みの親の名前をつけて「メアリー・ブラックナイト」と名付けられる。 「そう言って頂けて両親も天国で喜んでくれていると思います。そうだ! ルナさん、今晩の宿がまだ決まっていなかったらここに泊まっていってはどうですか?」 「えっ? いいんですか?」 「構いません。両親がいなくなってから一人で暮らすには広すぎる家ですし、同い年の女の子が来るなんて滅多にないから嬉しくて」 「そういう事でしたら、お言葉に甘えてお邪魔させてもらいますね。実はこれから今夜の宿を探すのは無理だなと思っていたんです」 「ですよね。どうぞ、ゆっくりしていって」 メアリーは嬉しそうに微笑んだ。 この日、メアリーは久しぶりに話し相手が出来て楽しい一夜を過ごした。 ルナもまた久しぶりに家の中でベッドに寝る事が出来た。
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