プロローグ 肉じゃが

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 その場所に10数年ぶりに行こうと思ったのは、夕飯時に母が述べた、何気ない一言がきっかけだった。 「そういえば、(とおる)。南地区のとこにある空き地、あそこ駐車場になるらしいわよ」  言いながら、母が夕飯の肉じゃがに箸を伸ばした。ゴロゴロと、大きいのもあれば、小さいのもある、適当な大きさに切られたじゃがいもたっぷりの肉じゃが。それを母の箸がつつく。  その箸に当たらないように気をつけながら、俺も母とは違う位置から肉じゃがの乗る大皿をつついた。「へぇ。そうなんだ」特に気のない返事をしながら、できる限り大きいじゃがいもを箸でつかみ、手元のご飯の上に持っていく。  他の具も取ろうと再び箸を肉じゃがの山に挑戦させたが、つかめたのはまたじゃがいもだけだった。 「母さん、じゃがいもしかないよ、この肉じゃが」 「あら、いいじゃない。肉じゃがなんだから」 「じゃがいもが入っていて当たり前よ」と母が、当然と言わんばかりに味噌汁を飲んだ。  いや確かに間違った事は言っていないのだけども……。  でも肉じゃがって、もっと他に色んなものが入っている、地味でありながら意外と食材のバラエティ豊かなおかずじゃなかったっけ?  はぁ、とため息がこぼれ出そうになる。  まったく、久しぶりの実家帰省で、じゃがいもばかりの肉じゃがを食べさせられる息子の身になってほしいものである。  しかし思えば昔から、この手の息子の頼み事を母が聞いてくれた事はなかった。ともなれば、お盆のような行事でもなければ帰省しないような息子の主張など、母に通る筈がない。  たかが数日しか家にいない息子の意見など、云十年変わらぬ姿勢でお台所担当を続けてきたこのお局様が聞き入れてくれるわけがないのである。  せめて肉が欲しい、肉じゃがなんだから。仕方なく、自らのじゃがいもの山を掘り起こそうと、肉じゃがの山に再戦を挑んだ時だった。 「へぇ、そうって」と、母が呆れたように言葉を続けたのは。
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