1章 秘密基地と大人

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 それはもう覚えてはいないけれど、かつて俺――、酒井(さかい)(とおる)がこの地を秘密の地として占拠し始めたのは、小学3年生の夏の頃である。  秘密基地のメンバーは、俺と、俺と同じクラスの男子3名。  俺と仲間達は、ある日、この場所を自分達以外誰も入れてはいけない秘密基地として選んだ。  しかし『秘密基地』なんて聞こえはいいが、正直言って聞こえがいいだけで、場所的には、全然秘密も何もない場所だったと思う。  誰も寄り付かない空き地だったとはいえ、その周りは住宅街だ。朝は通勤・通学の者で賑わうし、夕方は家々に帰宅する者や夕飯の買い出しに出向く主婦陣が行き交う。簡単に人目につく場所だ。誰にも見つからないわけがない。  だが当時、年端も行かない子どもだった俺と仲間達は、ここなら誰にも見つからないと本気で思っていた。  たぶんこういうのってさ、誰もが一度は似たような経験をしているんじゃないだろうか。  秘密基地じゃなくてもいい。ここなら、これなら、絶対大人には見つからない、バレない。子どもの間だけの特別な秘密。そういうものって、誰しも一度は皆、持った事がある筈だ。  でも大人になってみるとわかる。  そういうのって実は結構、大人にはバレているってことが。 「う~ん。この草って、こんなに低かったっけ。昔ってもっとこう、自分の目線辺りに草がいたような気がするんだけど……」 「まぁ、小学生の時だもんなぁ。身長なんていくらでも伸びるか」ぼやきながら、『建設計画』と書かれた看板の横に作られた、単管パイプのバリケートを越える。  三角形のプラスチック製スタンドに支えられた単管パイプに手を置き跨ぐ。  とその時、腕にぶら下げていた買い物袋がパイプ部分にあたった。  瞬間、カツーン、といい音が周囲に鳴り響いた。 「うわ、やっべ」  慌てて周囲を見渡す。誰かに見られていないか注意深く周囲を見渡すが、あるのは相も変わらずの静かな住宅街だけだ。  俺を咎めるのは、振動で小刻みに揺れるパイプの上に貼られている『工事中 あぶないから立入禁止』と書かれた紙だけ――、その事実に、ホッと胸をなでおろす。 (危ない、危ない。こんな事しといてなんだけど、深夜の工事現場に入って警察に捕まりました~、なんて事になったら、俺の職業柄、絶対退職処分食らっちゃうだろうからなぁ)  いやまぁ、普通に考えて職業柄も何もなく、こういう事ってしちゃいけないんだけどさ。今回はほら、いろいろ『事情』があるんで許して下さいって事で。
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