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第八話 夜光の蝶は夜這いに来る
01
雪枝がスタジオを離れたら、悠治はまたゾンビの状態に戻った。
なんとなくそれを予測した大介はさほど驚かなかった。
それでも、毛布で体を巻き、床で芋虫のふりをする悠治に我慢できなくて、そのお尻を蹴った。
「どうした。妹にいいとこを見せつけるためにエネルギーを使い切れたか?」
「……1万文字も10本の企画書も無理だから、今日から、帰らないことにする」
悠治はびくともしない、毛布を口にかけたまま悶々と答えた。
「……」
このスタジオは大介の自宅でもある。
脅かしで悠治に1万文字のことを言い放ったが、本当に帰らなかったら、大介のほうも困る。
「1本だけでも、真面目なものを上げれば、好きなところに行っていい」
仕方がなく、大介は譲った。
「面倒だし、お前の言いなりになりたくない……ここで引きこもりをするほうが楽だ……」
「#妹はその企画に期待している!失望させてもいいのか?」
「じゃあ、雪枝が来る時にやればいい」
「……はやり、まともなものを書けないわけじゃない……書かないだけだな」
大介の顔色は一層暗くなった。
「知ってたらもう聞くな……寝る……」
「今は午後5時だ!」
02
午後5時から悠々と寝落ちの悠治と違い、大介は夜中まで奮闘した。
小林から催促のメールがあったので、この前の企画の三稿目をもう一度チェックしてから彼に送った。
悠治の騒ぎのせいで、シナリオライター探しの件を完全に忘れていた。
悠治をシナリオライターとして雇ったのは悠子に頼まれ、いいえ、脅かされたため、もともと期待していない。
さっそく募集要項を作って、クリエイターエイジェンシーのサイトに掲載した。
それからSNSでいろいろ探って、ベッドに上がったのはもう深夜2時。
夢の中で、何か重いものが腹に乘っているのを感じた。
「……?」
確かに、前から猫を飼おうと思って、飼育知識についていろいろ勉強した。
猫は、なついている飼い主が寝ているとき、飼い主の腹に乘るのが好きのようだ……
……でも、まだ猫を飼っていない……
じゃあ、一体、何が……
(!!)
いきなり、スタジオに人型の「芋虫」が一匹いることを思い出した。
大介はパッと目を張って、身を起こそうとしたが、その重い何かにベッドに押し付けられて、動けなかった。
「!!」
目の前にあるのは悠治の顔だけど、その顔から感じたオーラは悠子の物だ。
悠子は片膝を大介の腹に押し付けて、両手で大介の両肩を抑えた。
「……悠子か?」
一回手合わせをしたことがあって、大介は二人の力の差=卑劣のレベルの差を知ている。
下手の抵抗をしなく、ただ心を落ち着かせて相手の人格を確かめた。
「正解です」
悠子はにっこりと笑った。
カーテンから透き通った微かな光が美青年の魅惑的な微笑みを映し出す。
どうやら、悠子が悠治の外見を整えたようだ。
しかし、人格が変わるだけで、顔面と気質にこれだけの差がでるなんて、大介はまだ信じられない。
悠治は芋虫だったら、今の悠子は夜光の蝶に見える。
「よくできましたわ。悠治はあなたへの嫌がらせが一心で、死ぬことをもう考えていないの」
「……それはよかったな、何時になったらオレを解放する?」
「それに、あなたのダメ企画を読んだら、ちょっとやる気が出てきたみたい」
悠子は大介の質問を無視して、話を続けた。
「『ダメ』の二文字は余計だ……で、何時になったらオレを……」
「はい、ご褒美――」
予兆もなく、悠子は大介の頬にキスした。
「!!」
「これからも頑張ってね」
悠子はウィンクしてから、両目を閉じた。
「ちょっと待って、ご褒美なら、あの小説を……」
大介の話の終わりも待たず、悠治がパタンと彼の上に倒れた。
「おい、返事しろ。まだいるだろ!悠子!」
大介は悠治の体を揺さぶったら、相手が目を開けた。
今回は悠治の寝ぼけ目だ。
「!!」
目が覚めた悠治が状況に気づいたら、スッと体を引いた。
「なんで目覚めてからお前の顔を見なければならないんだ!」
「ここはオレのスタジオだろ!」
「無理やりに俺を引き留めたのは、こんなことを企んでいるのか、この変態め!」
「お前だけに言われたくない!」
「いますぐ悠子を出せ。話はまだ終わっていない」
大介はなんとか悠子の仕業だと説明して、芋虫に戻ろうとする悠治を呼び止めた。
「俺だけじゃなく、悠子様までいじめるつもり?」
悠治は冷笑した。
「どっちがどっちをいじめてたのか、自分の胸に手を当ててみろ……」
その厚かましさに大介は仰天した。
「言っておくけど、悠子様に何があったら、俺は死んでもお前を道連れにするからな」
「……」
ああ、やっぱり同じ人間か……
大介は頭を抱えて、自分の不運を嘆くしかできなかった。
03
あれから、カフカ小説のように悠治の芋虫化が進んでいる。
夜中に悠子がでてきて、お風呂や着替えをするけど、やはり大介の家から離れないし、ロクな文字も書かない。小説削除や写真返還の件に触れる度に、悠子は秒で消える。
その我慢比べの状況を打破するために、大介はいろいろ試みた。
食事で誘惑、言葉で精神攻撃、体を叩く……けど、どれも雪枝の一通の応援電話に敵わなかった。
ある日、雪枝と15分くらい電話をする間に、悠治は布団から出てきた、なんと、一本の企画ラフを完成した。
やはりこれしかないかと悟った大介は、善良な人間としてのプライドを捨てて、徹底的にシスコンの弱みを利用すると決意した。
数日後、雪枝の3D印刷等身大パネルが突如にスタジオに現れた。
「雪枝さんが見てるぞ、さっさと真面目にやれ」
大介は悠治を布団から引っ張り出して、パネル雪枝を見せた。
更に、手元のスピーカーのリモコンを押して、パネル雪枝を喋らせた。
「お兄ちゃん、頑張って!ずっと応援しているから!」
「……」
悠治が肩が震えて、パッとリモコンを叩き落とした。
「こんなものに騙されるものか!妹の写真と声を使って変態ことをするな!」
「雪枝さんと相談してからやったんだ。ちゃんと許可を取ってる。お前の励みになれるなら、写真もボイスも自由に使っていいと言われた。本当に、いい妹を持ってるな」
「俺をなめるな!さっさと撤去しろ!こっちまで恥ずかしい!」
悠治はぷんぷんと荒い気を吹いた。
「……やっぱり、本物でないとだめか?」
この数日間、さまざまな方法を試した結果、大介はあることが分かった。
悠治・悠子に怒るのはエネルギーの無駄遣いであること。
だから、今はどんなデタラメな悠治にでも、冷静に対応できるようになった。
「まあいい、次の手を考えよう」
(そうだな、もっと痛いところに突っ込む手段はないか……)
そして、大介は自分の人間としてのデッドラインがドンドン下がっていることにも薄々気づいた。
大介はパネル雪枝を移動しようとし手をかけたら、悠治が急に声を上げた。
「待って」
「どうした?やっぱり置いときたい?」
恥ずかしそうなことでも言っているように、悠治は目を逸らした。
「もういらないだろ。20万やるから売ってくれ」
「送料込み、コストは2万5千円だけど」
「雪枝をなめるな!」
「…………」
04
パネル雪枝はそれなりの威力を発揮したと大介は思う。
なにせよ、悠治はパネルを自分の家に運ぶために、自ら進んでスタジオを出て行った。
これは助かった、と大介はほっとした。
午後、シナリオライターに応募した人と打合せがある。
芋虫がいなくなったら、下のカフェで話す予定の応募者をスタジオに案内できる。
約束の時間に大介はカフェに向けた。
予約席で5分ほど待っていたら、意外な人物が現れた。
「雪枝さん?」
「雪枝ではないけど……反町さん、ですね?」
「!」
向こうの女性が質問を返したら、大介は目を大きく張った。
この応募者は雪枝とほぼ同じ顔を持っている別人だ。
その瞬間に、悠治を動かせるための新しいアイデアが浮かび上がった。
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