メイク・ダブル。

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「ダメだなあ、言ったことが全然反映されてないじゃないか、キタレイのストロングポイントがまるで書かれてない。このレベルじゃ、局に持っていけるわけねえだろ、今晩中にやり直して、明日10時に再提出!」 こんなパワハラを絵に描いたやつが生息している現場、それがテレビ番組の制作会社だ。 そして、ダメなのはお前だよ。そう、俺の上司。山田。 山田は、この制作会社に入って10年。つまり、俺の7年先輩だ。 確かにある程度の実績はある。民放地上波の深夜で何本もスポットの企画を通し、うち2本は好評で、のちにレギュラー番組となった。 2本。たかが2本だ。7年で2本。冷静に考えて、凄いのか? そして、その2本のうち1本、去年レギュラー化した番組は、キタレイ、こと北林レイナをフィーチャーした企画だ。 キタレイは26歳。もともとは赤文字系の女性雑誌のモデル。まあ、美しいったらない。身長は小柄だけど、顔の造作がもう、AIがこしらえたみたいに完璧だ。テレビにも色気を見せていて、ドラマに必要な演技力も、バラエティに求められるアドリブも、徐々にではあるが身につけてきたところではある。 山田がキタレイに対してご執心で、制作マンの禁を侵しかねない感情を持っていることはうすうす、というか、バリバリに感じていた。もちろんキタレイの方にはそんな気持ちは微塵もなくて、「業界の人だから丁重に対応しておかないと」くらいの気持ちなんだと思うけど、あの笑顔で見つめられたら、たいていの男はその気になるだろうな、とも思う。 だったら山田が自分でキタレイの企画を考えろよ、とも思うんだけど、残念ながら山田には、ドキュメンタリー系のシリアスな番組しか企画できない、という致命的な欠点がある。 前回はたまたま、ある奇祭の開催地がキタレイの出身地に近い(しかもキタレイの親戚がその祭りの関係者だった)という僥倖があって「キタレイの全国祭礼めぐり」というなんとも公共放送っぽい企画が本当に公共放送で通ったわけなんだけど、キタレイ本人の意向が民放深夜枠なので、くだけた企画が求められている。だけど山田にはそんな企画を思いつくセンスはないので、こっちに降りてくるわけだ。 で、こっちは、自分で面白いと思う企画を何本も出すんだけど、肝心の山田にその企画が面白いかどうかを判断する能力がないもんだから、もうこっちの努力もまったくもって水泡に帰してしまうわけだ。 「あーあ」 23時45分。 山田が帰ってから1時間30分くらい経っただろうか。0時には退社しないと怒られる六本木の会社を出たところで、思わずため息も出た。 このまま誰もいないワンルームの家に帰っても、寝ちまうだけだ。 一軒引っ掛けて、そこで頭を働かせようか。 会社が入っている裏通りのビルを直進して大通り、そこを突っ切って、馴染みのスナックがある別の裏通りに入っていく。 さあ企画、企画。山田の野郎! ・・・山田? スナックの面した通りにある、小さいけどしゃれたホテルに向かって、男女が連れ立って歩いていく。 見覚えのあるコート、そしてメガネ。 男の方の顔ははっきり見えた。 山田だ。 そして、相手の女は・・・ 帽子とマスクで顔を隠していたが、俺は一目でそれとわかった。 キタレイだ。 制作マンとしての習性、そして山田から口酸っぱく言われていた所作を、俺はよどみなく行った。 そう。素早くスマホを出して、彼らの写真を撮ったのだ。 その写真をどうするか、そんなことまで考えはしなかった。 ただ撮った。彼らに見つからないように。 そこにある感情は、たぶん、ありていに言うと、「怒り」だった。 そして、数日後、俺は、上司と恋人を、社会的に葬った。 山田と、北林レイナを。
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