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サッカー部の休憩時間、ある時から道原君は美術室にやってくるようになった。やってくると言っても、窓から、両腕分だけしか入っていないけれど。
「あ、桜井さんじゃん」
ある日、美術室の窓をガラ、と躊躇なく開けて、道原君は私に話しかけてきた。
「桜井さん、美術部だったんだ」
「……うん」
「桜井さん一人だけ?」
「先輩は受験で忙しいし、他の人は幽霊部員だから」
自分だけの空間に入り込まれたようで、私はあまりいい気がしていなかった。必要なことだけ簡潔に答えて、さっさとキャンバスに向かい合う。
「何描いてるの?」
「……風景とか」
「へー」
なんなんだろう、と私は思った。道原君はただのクラスメイトで、特別仲が良いわけでもない。それなのにこうして話しかけてくる気持ちが、私には全く理解できなかった。
「道原ー! そろそろ集合だってよ」
サッカー部のチームメイトが、大声で道原君を呼ぶ。道原君は軽く手を挙げて応えると、光の詰まったような笑顔を私に向けた。
「じゃあね」
グラウンドを駆けてチームメイトの下に戻っていく背中を、私は見つめた。
日の当たるグラウンドで、声を上げながら駆け回る道原君と、美術室で一人静かに絵を描いている私。
きっと、別種の生き物なのだ。同じような姿形をしているだけで。
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