その下に彼はいる

1/5
前へ
/5ページ
次へ
「桜井さん」  快活な声に呼ばれて、私は絵筆を動かしていた手を止める。  美術室の窓から顔を覗かせる道原君は、窓枠に両腕を乗せてこちらに身を乗り出してくる。サッカー部なのにあまり日に焼けていない肌に、逆光の影が落ちている。屋外の光すべてを背負ったような笑顔で、道原君はそこに立っていた。 「また描いてんの?」 「うん」 「おんなじやつ?」 「そうだよ」 「ずっとそれじゃん」 「そうだね」  軽やかな問いかけに、淡々と答えてみせる。本当は、それ以外に何を言ったらいいのか分からないだけなんだけど。 「美術部って言ったらさ、なんかこう、もっとサーッと仕上げるもんじゃないの?」  無邪気な質問に、私は肩をすくめた。美術部員という肩書きを得れば、途端に絵が上手くなると思っているんだろうか。絵が得意な人が美術部に入るんじゃない。絵を描きたい人が美術部に入るんだ。  好きだからといって、向いているとは限らない。 「ねえ」  澄んだ瞳が私を見る。その目はいつだって私の中身を見透かしているような気がして、それが私は、いつだって怖いのだ。  イーゼルと、イーゼルに乗ったキャンバスを挟んで、私達は向き合っている。私が描いている絵は、道原君に背を向けていた。 「いつも描いてるそれ、何の絵なの?」  その言葉に、私の心臓は鼓動を早める。 「……内緒」 「やっぱ内緒かぁ」  屈託なく笑う道原君から、私は目を逸らす。  その質問に、私はいつだって怯えていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加