5人が本棚に入れています
本棚に追加
「桜井さん」
快活な声に呼ばれて、私は絵筆を動かしていた手を止める。
美術室の窓から顔を覗かせる道原君は、窓枠に両腕を乗せてこちらに身を乗り出してくる。サッカー部なのにあまり日に焼けていない肌に、逆光の影が落ちている。屋外の光すべてを背負ったような笑顔で、道原君はそこに立っていた。
「また描いてんの?」
「うん」
「おんなじやつ?」
「そうだよ」
「ずっとそれじゃん」
「そうだね」
軽やかな問いかけに、淡々と答えてみせる。本当は、それ以外に何を言ったらいいのか分からないだけなんだけど。
「美術部って言ったらさ、なんかこう、もっとサーッと仕上げるもんじゃないの?」
無邪気な質問に、私は肩をすくめた。美術部員という肩書きを得れば、途端に絵が上手くなると思っているんだろうか。絵が得意な人が美術部に入るんじゃない。絵を描きたい人が美術部に入るんだ。
好きだからといって、向いているとは限らない。
「ねえ」
澄んだ瞳が私を見る。その目はいつだって私の中身を見透かしているような気がして、それが私は、いつだって怖いのだ。
イーゼルと、イーゼルに乗ったキャンバスを挟んで、私達は向き合っている。私が描いている絵は、道原君に背を向けていた。
「いつも描いてるそれ、何の絵なの?」
その言葉に、私の心臓は鼓動を早める。
「……内緒」
「やっぱ内緒かぁ」
屈託なく笑う道原君から、私は目を逸らす。
その質問に、私はいつだって怯えていた。
最初のコメントを投稿しよう!