危険な魔法

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危険な魔法

「いったいどういうことなの!?」  明らかに取り乱した様子の甲高い声。壊れんばかりの音とともに、職員室のドアが乱暴に開けられた。そこに立っていたのは、怒りで全身を震わせる中年女性。私が担任するクラスの生徒の母親だ。 「早く説明してちょうだい!」  喚きながら彼女は職員室に踏み込んできた。立ち上がる隙も与えないほどの速さで迫り来る。私の前にそびえ立った彼女は、鬼のような形相で凄み、咆哮した。 「は、や、く、説明しなさいっ!」  ここは魔法を教える学校。そして私は、ここに配置されたばかりの新任教員。生徒から憧れられる先生になってみせる――理想と大志を胸に、教師生活をスタートさせた。そんな意気込みも虚しく、早々に最大のピンチを迎えることに。  あれは、物を消し去る魔法を教える授業の中で起こった。 「この魔法は護身用に使うものなの。たとえば目の前に害獣が現れて今にも襲われそう! ピンチだッ! そういうときに使うことで、危機的状況を回避できたりするの」 「超かっこいい魔法だよね! 先生! 早く教えてよー」  基礎を養うべく、地味な魔法ばかりを学んできた生徒は、ようやく訪れた華やかな魔法の授業に目を輝かせている。 「でもね、これは使い方を間違えると危険な魔法だから、使いこなすには充分な鍛錬が必要なの。残念だけど学校では概念を学ぶだけ。実技はナシね」  実践的な実技の授業を期待していた生徒たちの不満が一斉に漏れる。 「ところで先生はその魔法、得意なの?」 「先生? もちろん得意だよ」 「やってみせてよー」 「見たい見たい!」  攻撃系の魔法や瞬間移動の魔法、天気を操る魔法。どうせ魔法を身につけるなら、大胆な魔法を使えるようになりたい。そんな生徒の気持ちもわからなくはない。できるだけ生徒の好奇心には応えてあげたい――まだ駆け出しの私にも、ささやかな教育方針があった。  本来、教師による実演の予定がない授業。でも、目の前で華麗な魔法を披露してあげれば、魔法をもっと好きになってくれる。きっと憧れも抱いてくれるに違いない。そう信じ、私は杖を大きく振りかぶってみせた。 「じゃあ、みんなにこの魔法を見せてあげる。特別よ! 窓際の花瓶を消してみせるね!」  生徒たちの無垢で好奇な眼差しを感じながら、花瓶に向けて杖を振り、呪文を唱えた。 「ミラージュ・イリュージョン・ミスティック・アビル・インフィニティ!」  教室中の視線が杖の先へと向かう。すると、視界の中の花瓶が、一瞬にしてその姿を消した。  興奮した生徒たちの歓声があがる。立ち上がる者、手を叩く者、指笛を鳴らす者。まるでショーを観た観客のように盛り上がる教室。ところが、有頂天になったのも束の間、私の耳に生徒の悲痛な叫び声が飛び込んできた。 「先生! 大変!」 「なんでこんなことが起こるの! なぜ、ウチの子が? なぜ、あびる(・・・)が消されなきゃならないの! 理由を説明しなさい!」  菊池あびる。私の魔法で消してしまった生徒だ。我が子を消され、激怒しない親などいない。 「あのぅ……花瓶を消そうと思いまして」 「花瓶? あなたが消したのは、私の娘でしょ!」 「花瓶もちゃんと消えてまして――」 「花瓶も? そういう問題じゃないでしょ!」 「……すみません。物を消す魔法の呪文の中にアビル(・・・)――というフレーズが入ってまして。偶然にも名前が一致してしまったことで、魔法の効力が娘さんにも……結果的に、あびるちゃんも一緒に……」 「はぁ? あなた、教師でしょ? そんなことすら制御できないで、魔法を使う資格があるの!?」  萎縮しっぱなしの私は、ただただ小さく頷くしかなかった。 「そんな危険な魔法を生徒の前で披露するのも非常識だし、ましてや失敗するなんてもってのほか! あなた、教師失格よ!」  とめどない罵声。生徒の期待に応えようとした後悔。悔やんでみたところで時間は過去には戻せない。今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら、私は足元を見つめ続けていた。 「ふん! 怒鳴っていても仕方がないわ。今すぐ娘を元に戻してちょうだい。あなたが消した私の娘を、さっさと元に戻しなさい!」 「あ、あの……それが」 「なによ?」 「この学校には、魔法で消した物を元に戻せる先生がひとりしかいなくて――」 「じゃあ、その先生に頼んで、早くあびるを戻してちょうだい!」  新米教師の授業では、ランダムで専任されたベテラン教師が、指導教員として授業ごとにサポートしてくれる。私がやらかした授業中、教室の後ろで見守ってくれていた先生こそが、消した物を元に戻す魔法を扱える、ただひとりの先生だった。  魔法を好きになってもらいたい。魔法をしっかりと学んで欲しい。生徒に尽くす一心で授業に臨む日々。実はまだ、先生の名前を覚える余裕など、私にはなかったのだ。  私が花瓶を消す魔法を使った直後、異変に気づいた生徒が叫んだ。それは、あびるちゃんが消えたことを知らせるだけでなく―― 「先生! 大変! あびるちゃんが消えちゃった! あと、教室の後ろにいた阿比留(あびる)先生も一緒に消えちゃった!」  事情を説明すると、あびるの母は発狂したように喚き散らし、私に掴みかかってきた。  咄嗟に思い浮かんだのは、害獣という単語。  今にも襲われそう! ピンチだッ! 危機的状況を回避しなきゃ!  気づくと私は、机の上に寝かせてあった杖を手に取り、得意の魔法で――
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