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 この島は、春になると島中が桜の色に染まる。微かに鼻をくすぐる桜餅のような香りとともに、絶えず花びらが舞う。現実に存在する世界の中では、最もイセカイに近い場所かも知れない。わたしがそう思うのは、幻想的な風景だけではない。  わたしや理絵の祖先は、この島の住人だ。島に生まれた人間は個人差はあるが、特別な能力を発揮する可能性を持つ。わたしの記憶力や、理絵の〝みえる〟能力は島の血に引き起こされたもの。そのことに気づいたのは高校生の頃だったが、未だにメカニズムは解明出来ていない。  わたしは山道を下りながら、隣の理絵を見やった。この世界にわたし以外のホンモノ(・・・・)の人間が入ってくるのは初めてなのだ。記憶や想像ではない、わたしの管理外の人間が動いている。それだけでわたしはちょっと感動していた。 「……何よ、人の顔をジロジロと見て」 「だって、楽しいんだもの」  理絵のほっぺたをつつくと、確かな弾力を感じられる。ここには理絵のモチモチなほっぺたは実在しない。これは、ねんねこイヤーが、触った側のわたしと、触られた側の理絵に感覚をフィードバックしているのだ。 「つねってみてもいい?」 「自分のにしてくれ」  理絵がわたしの手をぺちりと叩く感覚が感じられる。この世界は夢だが、夢ではないのだ。
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