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山を降り港に出ると、フェリーが停まっている。この島と本島を連絡する唯一のフェリーだが、中には人はいない。やろうと思えば、フェリーの旅を再現することも出来るが、今日の目的はそこではない。
「ねえ、あれ」
急に理絵が怯えた声でわたしにしがみついてきて、前方を指差した。黒い人形の影のようなものが、空中でうごめいている。最初はわたしが再現しそこねたことで出来るノイズかと思った。この夢と幻の世界を構築するには膨大な情報を思い出す必要がある。たまに一部だけ記憶が欠けたりすることはあるのだ。
「怖がらなくて大丈夫だよ。今消すから」
わたしは影に向けて手を伸ばした。しかし、わたしの意思を受け付けず、むしろ禍々しさを増すばかり。明らかにわたしの管理外の現象だった。
「ミツケタ……」
その影は不気味な声を上げてこちらに近づき始めた。
「わあ、天音、なんとかしてよっ」
「だって、なんとかならないんだもの」
騒ぐ理絵につられてわたしも焦ったが、本体に作用出来ないなら、外から制限すればいいのだ。わたしは檻をイメージして、目の前に作り出した。鉄格子の中に閉じ込められた影は、恨めしそうにこちらを見ている。どうやら上手くいったようだ。
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