勇気が必要な選択

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 翌日、オフ会の集合場所から少し離れた場所で僕は集まる人々を観察していた。スマホ版のゲーム内チャットに、各々が目印となる服装を書き込んでいる。ゲーム内でのSNSアカウントの交換は禁止なので、ここに直接書き込むしかないからだ。僕は一人一人の外見とハンドルネームを一致させていく。概ねみんな予想通りのビジュアルだ。 「ナナちゃんログインしてない。寝てるなこれは」 「残念。ナナちゃん目当てで来たのに」  合流した男たちが談笑している。僕は管理人用の画面から会話を覗き見していたので、ナナのアカウントはログイン状態ではない。 「緑のパーカー着てます」  涼がそう書き込んだので僕は顔を上げてあたりを見回した。待ち合わせ時刻の二分前に、緑のパーカーの小柄な美少女が小走りでやってきた。 「お待たせしてすみません、涼です」  僕はその高い声の主を二度見した。どう見てもショートヘアの女の子だった。僕はあまりの驚きに彼女から目を離せなかった。男たちも唖然としていたが、一人が口火を切った。 「ナナちゃん?」  ナナはギルドの紅一点。オフ会に現れた女性はナナということに他ならない。そう彼は考えたのだろう。 「びっくりした! ナナちゃん面白い冗談言うね!」  チャット内で涼が自己申告した服装と一致していることには気づかず、リーダーは彼女が涼を名乗ったのをナナの冗談として扱った。みんなもそう納得した。 「いたずらっこめー。可愛いなあ」  そう言ってリーダーは彼女の頭をいきなり撫でた。彼女はびくっとしてリーダーを避けた。 「違います。俺は涼です」 「またまたー、お兄ちゃんはそんなウソに騙されないぞー」  僕に普段お兄ちゃんと呼ばせている男、バクが彼女の頬をつついた。彼女はその手を振り払った。 「すみません、顔触られるの苦手で」 「えー、頭なでなでされたいって言ってたじゃん」  言った。彼女ではなく俺が。そう言えば男は喜ぶから。リアルで会うことはないと思っていたから。  涼がなぜ男性のふりをしていたのかはわからない。こんなケースは考えもしなかった。  しかし、僕の発言が原因で彼女は今不快な思いをしている。僕はそれを看過できなかった。自分の言動には責任をとらなくてはいけない。 「遅れてすみません。僕がナナです」  僕は名乗り出た。突然の第三者の登場に視線が僕に集まった。 「何これ? 入れ替わりドッキリ?」  しかし、ナナと涼が共謀して入れ替わりドッキリをして遊んでいると思われてしまった。 「ナナちゃん手の込んだことするね。でも、相方が涼なのちょっと嫉妬だわ」  そう言って隙あらば彼女の頭をなでようとするリーダーの腕を掴んだ。 「セクハラは規約違反ですよ」  僕がリーダーを睨むと、睨み返された。ぴりついた空気が流れる。 「離せよ、涼」 「だから、僕は涼じゃなくてナナです。そう言ってるじゃないですか」 「そろそろしつこいんだけど。空気読めよ」  リーダーが僕の手を振り払って不機嫌をあらわにした。 「もしかしてナナちゃんと涼君実は付き合ってる的な」  絶妙に空気が読めないやつの発言を境に、“ナナガチ恋勢”だったメンバーが騒ぎ始める。 「はあ? 嘘だよな、ナナちゃん」 「だとしたら今まで貢いだアイテム返してほしいんだけど」  無課金のくせに何を言っているんだと思った。しかも、話が通じないようで僕ではなく涼に詰め寄っている。 「皆さん落ち着いて。とりあえずカラオケ流れますよ。ナナちゃんも涼君も、そろそろネタばらしして。せっかくのオフ会ですし、仲良くしましょ」  唯一のまともな大人も信じていないようだった。彼に誘導されてみんなカラオケ方面へ流れていくが、涼は戸惑っている様子だった。 「やっぱり俺帰ります。空気悪くしてすみませんでした」  涼がカラオケとは反対方面に向かう。僕は彼女を追いかけた。
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