勇気が必要な選択

3/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「涼君!」  いつもの呼び方で呼び止める。彼女は足を止めた。 「ナナちゃん」  彼女は振り返るなり僕に頭を下げた。 「さっきは助けてくれてありがとうございました。リーダーのこともバクさんのことも嫌いじゃないけど、ああいうスキンシップは苦手だったから」 「いや、僕のせいだから。ごめんなさい」  僕も頭を下げて謝った。 「ナナちゃんが謝ることないよ。ナナちゃんは何も悪くない。顔上げて」  涼が焦って僕に頭を上げるように促した。往来で子供が頭を下げ合っている異様な光景に通行人が怪訝な目を向けていることに気づいた。 「ちょっと、落ち着いてファミレスかどこかで話そうか」  涼に提案された。 「そっすね」  涼はいつもと変わらない言葉遣いだったが、僕はどういう風にしゃべればいいか定まらなかった。道中で天気の話や食べ物の好き嫌いなど当り障りのない話はしたが、僕がいわゆるネカマをしていることについて涼は触れなかった。いたって自然な様子で車道側を歩き、ファミレスでは奥側のソファ席を譲られた。 「聞かないの? そのせいで迷惑かけたのに」  性別の詐称という言葉はあえて省略したが、その意図は伝わったようで彼女は苦笑した。 「ナナちゃんこそ」  僕もそれを聞いて苦笑した。 「女性扱いされるのが嫌いなんだ、居心地悪くて」  僕は聞きたいとも聞きたくないとも言わなかったが、涼は語りだした。 「スカート履いてる自分とかも嫌いで。だから、高校では心機一転して本当の自分で生きようとした。それで、女子もスラックス選べて知り合いがいないところにしたんだけど、誰も理解してくれない。見事に高校デビュー失敗して浮いちゃった。宿泊行事の班分けで余って、迷惑かけるのも申し訳ないから欠席にした。一回休むと、つい楽な方に流れちゃうのって人間の性なのかな。今は試験の時以外学校行ってない。私立だから成績さえよければ出席日数は融通きかせてくれるから」 「ああ、それわかるかも。僕も一回風邪で休んだらそこから学校行かなくなった」  僕とはだいぶ事情が違うが、楽な方に流れると戻れないことに関してはとても共感したのでつい打ち明けてしまった。 「ナナちゃんは無理に話さなくていいよ。俺が勝手に話しただけだし」 「いや、フェアじゃないから言うよ。軽蔑するかもしれないけど、僕は性自認が女性ってわけでもないのに女の子のふりしてた」  言いながら思った。僕はフェアじゃない。ナナは軽蔑するような人ではないとわかったうえで言っている。 「じゃあ、もしかしてレディファーストみたいなことされるの嫌だった? だとしたらごめん」  ナナは僕を責めることなく、真っ先に僕を気遣う発言をした。 「それは嫌じゃなかった。最初は女って明言したわけじゃないけど、みんな僕のこと女の子だと思ってるから引っ込みがつかなくなった。だから今日も来るか迷った」  やっぱり僕はフェアじゃない。意図的に誤認させたことは伏せた。涼の顔は見られなかった。 「じゃあ、ナナちゃんは勇気が必要な方の選択をしたんだ」  その言葉に僕は顔を上げた。涼は優しいまなざしで僕をまっすぐ見ていた。綺麗な瞳だと思った。 「そんな綺麗な話じゃないよ」 「そうかな? みんなの期待に応え続けてきて、最終的にはより勇気が必要な方の選択肢を選んでここに来た。ナナちゃんはすごく強い人だと思う」  結局、運営の人間であることは言えなかった僕に対して涼は優しい言葉をかけてくれた。一緒に次のイベント予想をした友達を裏切った僕はやっぱりフェアじゃない。  罪滅ぼしのつもりで、トイレで席を立ったタイミングで管理者画面を開く。涼は誠実な人だから、僕と話しているときはスマホを見ていなかった。だから、まだ合流後のギルドメンバーの発言は見ていないはずだ。 「このユーザーを削除しますか?」  涼を誹謗中傷するメンバー、涼にセクハラをしたメンバーのアカウントを片っ端から凍結させた。涼のログイン履歴を確認する。まだ涼が罵詈雑言を目にする前だった。よかった、これで涼が傷つくことはない。  僕は何事もなかったかのように席に戻って、他愛もない話をした。連絡先は交換しなかった。LINEは本名でやっていたから。涼は明らかに女の子の名前である自分の本名が嫌いだと言っていたし、何より無粋だと思ったからだ。僕たちは涼とナナとしてこれからも友達でいたい。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!