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大規模なサークルクラッシュの結果、ギルドは自然消滅した。オフ会以来いっそう意気投合した涼と僕で新しいギルドを立ち上げた。そこでも僕はオタサーの姫としての振る舞いがやめられなかった。ありのままの僕は嫌味な人間だからキャラを作らないと愛されないと知っていたから。
涼は僕を咎めなかったし、僕が男であることは秘密にしてくれた。僕も涼の戸籍と体の性別が女であることは誰にも言わなかった。涼と秘密を共有することを嬉しく思った。お互いだけが唯一の理解者。そう自負していた。
ギルドはだいぶ成長した。前のギルドより良質なユーザーがそろっている。彼らの声を反映させることで、ゲームの評判も良くなり収益も増えた。特に涼の言うことは的を射ていた。
涼といるのが心地よかった。涼にいつまでもここにいてほしいと思った。涼にとって居心地のいい環境を作ろうとアップデートを繰り返した。悪質なユーザーが涼に迷惑をかけていないか細心の注意をはらい、何かが起こりそうであれば速攻で当該アカウントをBANした。
「僕がネカマしてるの、ひいてない? きもくね?」
「ひかないよ。なりたい自分になれるのがネットのいいところだし。実際ナナちゃん可愛いし」
涼との個人チャットでは素の僕の人格を出すようになったが、コミュニケーション能力の高い涼が僕に会話のテンポを合わせてくれたので話していて楽しかった。
「僕も涼君のことかっこいいと思ってるよ。僕が女に生まれてたら涼君に惚れてたと思う」
「それ、最高の誉め言葉。ありがとう」
お世辞でもなんでもない本音だった。涼は女の嫌なところも男の汚いところも全部そぎ落とした、人としての魅力があった。僕は本当は涼のようになりたかった。
冬休みの頃、涼に学校で女の子と仲良くなったと報告された。試験を受けに学校に行ったらクラスに同じく不登校の女の子がいたらしい。男子に心無い発言を彼女を涼が庇ったという。その結果随分と懐かれたらしい。
「涼ちゃんは他の男の子と違って優しいから好き、だってさ。今日も補習帰りに遊びに誘われた」
僕は涼をその女の子にとられたような気分になり少し嫌だった。しかし、今日は補習最終日だったらしく、また僕と夜通しゲームをしてくれるようになった。年末年始、涼は二度その子と遊んだらしいが僕は快く送り出した。
冬休み最終日、僕は相談を受けた。
「前話した子に、告白っぽいことされたんだけどどうしたらいいと思う?」
僕は激しく動揺したが、それを悟られないようにふるまった。
「何て?」
「涼ちゃんのこと好きかもしれないって。涼ちゃんと一緒なら三学期は学校行けるかもって」
「涼君はその子のこと好き?」
「わからない。男として見てくれるのは嬉しいけど、俺自身は恋したことないからよくわからない」
涼はリアルの世界で理解者を見つけることができたようだ。ならば、きっとその子と恋人になることはできないとしても友達として支え合いながら一緒に登校するのが正解だ。そして、僕は友人としてそれを勧めるべきだ。
なのに、僕は何も言えなかった。涼が離れていくのが怖かった。行かないで、その言葉を必死に飲み込んだ。
「なんか、全部面倒になってきた。やっぱり明日は休む。いやー、ダメだね。一回さぼると楽な方に逃げっぱなしでいいような気がしてくる」
僕が黙っている間に涼は自己完結した。確かに、涼の生活リズムは既に夜型に戻っていたので、また矯正するのも一苦労だろう。
「学校行くよりゲームしてる方が楽だし、その子よりナナちゃんと話してる方が気楽」
僕はその一言に違和感を覚えた。楽しいじゃなくて「気楽」と涼は言った。
涼との会話を終えた後、僕はずっと考え続けた。やっぱり違う。僕が好きになった涼じゃない。
涼は優しくてかっこよくて、ギルドのみんなを引っ張っていく人だった。逃げない人だった。誰かが助けを求めているのを見捨てるような人じゃなかった。自分に向けられた好意から逃げるような人ではなかった。
僕が涼を変えてしまった。仮想世界を涼にとって居心地のいい空間にしすぎた。僕が好きになった涼を殺してしまった。
涼は僕とは違う。ありのままの自分で人と仲良くなれる人だ。まだ引き返せる。涼は太陽の下で生きるべきだ。
僕は泣きながら管理アカウントにアクセスした。電脳世界に居場所がなくなれば、僕という理解者がいなくなれば、きっと進むべき道を歩いて行ける。リアルの世界で涼を愛してくれる人のもとに行くはずだ。
「このユーザーを削除しますか?」
涼のアカウントを選択したが、なかなか「はい」を選べなかった。画面が涙で滲む。
でも、涼を僕らの王国から追放するべきなんだ。僕が好きになった涼を守るためには。僕は覚悟を決めた。
「さよなら、涼君」
どうか青空の下で、自分らしく笑って生きていってください。
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