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涼を忘れようとしたけれどできなかった。何もかもやる気がなくなった。しばらくして夕方ごろいつものように目が覚めるとナナのアカウントに「みゆ」というユーザーから三時間前にメッセージが来ていた。寝ぼけ眼で確認する。
「涼です。前に話した友達のアカウントを借りて連絡しています。なぜかわからないのですが、アカウントが凍結してしまいました。心配をかけてごめんなさい。ナナちゃんやギルドのみんなが嫌になってやめたわけではないということだけ伝えさせてください。何度アカウントを作り直そうとしてもうまくいかなかったのでこちらから。ナナちゃん元気にしてますか? 俺は元気です。これを貸してくれた友達と仲良く学校に通ってます。充実した毎日ですが、少し寂しいです。レジェドロは引退せざるを得なさそうですが、レジェドロをやめてもナナちゃんとは友達でいたいです。ナナちゃんは俺の初めての理解者で、俺はナナちゃんを親友だと思っています。友達のアカウントまで削除されたら迷惑になってしまうので、ここにLINEのQRを貼ることはできません。なので、今日俺たちが出会った場所で待ってます。時間が合ったら来てください。もし、今日忙しかったら都合がいい日に俺の高校の前まで来てください。俺の本名を書きます。仁藤涼香。雨宮高校の二年生です」
僕はメッセージを見るなり寝巻のジャージのまま外に飛び出した。外は寒かった。こんな寒空の下で涼を何時間も待たせてしまっている。僕は無我夢中で初めて出会った場所へと走り出した。
急行電車に飛び乗った。スマホの通知を確認すると、みゆからメッセージが来ていた。
「涼ちゃんの友達のみゆです。これ見てたら返信ください。涼ちゃんに伝えます。ていうか、LINE教えてください。あたしのアカウント消されてもいいので」
みゆはレジェドロに少額の課金をしていた。スマホを躊躇なく貸してくれて、課金済みの大事なアカウントを貸してくれるような友達ができてなお、僕と友達でいたいと言ってくれた。僕は何をしていたのだろう。
電車のドアが開いた。僕は大急ぎで涼の元へ向かった。謝らなくてはならない。
駅前で涼が立っていた。校章の入ったコートを着て、スラックスを履いて、スクールバッグをかついでいた。
「涼君!」
僕は大声で親友の名前を呼んだ。
「ナナちゃん!」
涼の声は寒さで震えていた。それでも、僕の方へと駆け寄ってきてくれた。僕は土下座をした。
「ごめんなさい! 僕が涼君のアカウントを消しました!」
僕は間違った選択をした。許されないことをした。
「僕の名前は七尾和馬、レジェドロの制作者です」
僕は涼に対して行ったすべての裏切りを告白した。
「アカウントは必ず復元します。それでも許されることじゃないってわかってます。本当にごめんなさい」
涙があふれて止まらなかった。
「涼君に復学してほしくて、勝手なことをしました。ずっと僕の憧れの涼君でいてほしくて、間違ったことをしました。ごめんなさい」
「間違ってないよ、顔上げて」
最初に出会った日と同じ優しい声で涼が言った。
「俺のために、一番勇気が必要な道を選んでくれたんだね。ありがとう」
涼は俺の目の前にしゃがんで、俺と視線を合わせた。
「ナナちゃんのおかげで俺も勇気が必要な道を選べたよ」
僕が好きになったそのままの、かっこいいヒーローがいた。
僕は馬鹿だ。一芸に秀でただけの馬鹿な子供だ。だから間違えてしまう。生まれて初めて、馬鹿な自分を変えたいと思った。
復学して人の機微を学ぼうと決心した。正しい選択ができる人になるために。僕たちの世界をこれからも守り続けられるように。涼の相棒としてふさわしい“ナナ”でいるために。
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