この距離は埋まらない

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****  そんなこんなで、律は最後の高校生活を迎える年となった。  一学期の時点でエスカレーター式の大学の薬学部への進学が決まり、肩の荷が降りた。それからは残りの高校生活を大事にさえしていればよかったが。  今まで担任を持っていなかった烈が、副担任として律のクラスの担当になったのだった。  そして、理系クラスは比較的外部受験の生徒が多く、必然的に内部進学生が大がかりな係や委員活動をすることとなり、律は何故か卒業文集係になってしまった。  受験生たちに「暇なときでいいから、原稿用紙一枚でいいから」と説得して卒業文集に乗せる文章を回収し、自分も原稿を書く。  印刷所に持っていくために、印刷所に出せるように表紙やらレイアウトやらまで考えなくてはいけなく、他クラスの卒業文集係と額を寄せ合いながら考えていた。  なによりも、卒業文集係の監督に、烈が回されたのだから律からしてみれば歯がゆかった。 (……なんにもないのに、どうしてずっと烈くんのことを意識しないといけないんだろう)  もう最後の一年くらいは、烈のことを考えずに過ごしたかったが、彼とのことを考えない日はなかった。  諦められない恋ほど見苦しいものはない。  律の気持ちは、ずっとぐるぐると、吐き気がするほどの渦巻いていた。  春先から始まった卒業文集づくりは、途中から卒業アルバムづくりと並行して行われ、最後にいよいよ係の皆で卒業文集を印刷所に提出する運びとなった。  律は自分の書いた当たり障りのない文章を、ずっと迷っていた。本当はもう一枚書いてあったが、それを出すことはどうしてもできず、結局はそれを卒業文集として出すことはしなかった。 「皆、長いことお疲れ様。あとは卒業式になったら皆に配るから、楽しみに待ってなさい」  ほとんどの子はノルマのように達成するもので、卒業アルバムや卒業文集に意味を見出さない。しかし律にとってはお腹が痛くなるほど悩んだものだった。  その中で「どうかしたかい?」と烈から声をかけられた。それに律は「あ……」と声を上げる。 「卒業文集、提出しましたけど……私の文章、ちょっと納得いかなかったんで」 「ふうん。なら、それは卒業式に出せばいいんじゃないかな」 「えっと……?」  副担任として、卒業文集係の監督として、それなら律は烈と普通に話をすることができた。律が烈に恋をしていることなんて、学校では露美しか知らず、立場上告白が全くできないことを知っているために全部「ふうん」で通してくれていた。  その中で、律は烈との他愛ない会話で、ずっと恋をし続けているのに気付いていた。  彼が優しいのは先生と生徒の関係だからだ。彼は自分を特別扱いしていない。立場上告白したら、迷惑なのは烈のほう。何度も何度も言い訳を重ねても、結局恋することだけは止められなかった。  だから、その言葉を聞いたら期待してしまった。 「卒業式に、君の書いた文章が読んでみたいな」  その言葉で、また勝手に浮き足立ち、「卒業式まで烈くんは覚えてないかもしれない」とへこんで寝込んでしまった。 ****  その年の桜は例年よりも早く、卒業式シーズンに桜が咲いたのは奇跡に等しかった。  お別れになる制服を眺めながら、律は卒業証書を手に、烈を探した。  生徒たちは泣きながら、最後に「先生のスーツの第二ボタンをください!」と無茶振りをしては、烈に断られていた。三年生が卒業したあとも学校に残るほうがスーツのボタンをむしられたらたまったものではない。 「あ、あの」 「うん? 卒業おめでとう」 「……ありがとうございます」 「それで、卒業文集だけれど」 「はい」 「今日、実家に帰るんだ。隣の家」 「えっ?」 「聞かせてもらえるかな?」  律はそこでポロリと涙を溢した。  もう覚えていないと思っていた。  制服を脱いだあとにも、続きがある。  先生と生徒の関係が終わったあとも続けられる。  そのことに律はひどく安堵したのであった。 <了>
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