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正樹に彼女はいない。翌日に大学で確認したが、僕の質問に奴は肯定した。こいつに彼女がいてくれればと、これほど歯噛みしたくなったのは初めてだ。
よりにもよって、未玖の気になる相手が正樹とは。顔が良いだけでなく、女慣れした余裕のある正樹はよくモテる。だからこそ、奴は特定の彼女を作らない。一人と誠実に向き合うより、多人数と女遊びをしていたいからだ。女子たちには知られていないが、彼のそうした内面は僕を含む同性の仲間にとって周知のことだった。
だが正樹のおかげで合コンにありつき、彼女までできた友人もいる。感謝こそすれ、彼の不誠実さに文句を垂れる者などいるわけがない。当の彼は講義の時間、隣から僕に耳打ちした。
「あいつ、そろそろだと思うんだけど」
彼の指さす方には、同じ部屋で講義を受ける未玖の背中がある。肩にかかる髪をハーフアップというらしい髪型に結わえているやや小柄な彼女は、真面目にノートへ板書を写している。
正樹のいう「そろそろ」とは、そろそろ俺に告白するんじゃないか、という意味だ。勘の良さに舌を巻きつつ、僕は懸命に知らないふりをした。
「そっかな」
「おまえ、仲いいじゃん。悪いな」
「そういうんじゃねえし」
目を逸らしつつも、悪いなという言葉が僕の神経を逆なでする。僕に大した取り柄などない。どれだけ近くにいても、彼女を惹きつけることはできない。それでも苛立ちを覚え、机の上に置いた左手を握りしめる。
「もし告白されたら、どうするんだよ」
「いや無理無理。俺、ああいうちんちくりん興味ねえし」声を殺して正樹は笑う。「相手にするだけ時間の無駄じゃん」
確かに未玖は美人の部類ではない。だが愛嬌があって、素直に嬉しいとか悲しいとか腹減ったという思いを口に出すことができる。それは僕にも正樹にもない優れた部分で、決して馬鹿にされるべきものではない。
「……そんなことないけど」
小心者の僕は、そう呻くことしかできなかった。正樹と周辺の男子仲間を捨てて、未玖を守る気概を持てなかった。奴のにやにや笑いに全てを見透かされている気分が悔しくて、目の前の机に頭を叩きつけて記憶を失ってしまいたかった。
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