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 僕は珍しく自分から未玖をカフェに誘った。奢ると言えば、一も二もなく彼女は飛びついてきた。その屈託のなさが僕の心を強く掴んで離さないことを、未玖は知らない。 「奢ってくれるんなら、せめてファミレスがよかったなー」  カウンター席で窓の外を眺めつつ、ストローでオレンジジュースをちゅうちゅう吸いながら、彼女はそんなことを言う。僕の反発が聞こえないのを不審に思ったのか、様子を窺うような視線を向けた。 「あのさ」目の前にアイスカフェラテのグラスがあるのに、僕の喉はからからに乾いている。「正樹に、もう告白したのか」  一瞬ぎょっとして目を見開いた未玖は、首を横に振った。 「いんや、まだ。なして?」 「あいつさ、やめといた方がいいよ」  僕の絞り出した台詞に、彼女はいっそう驚きをあらわにして、ストローの刺さったグラスを遠ざけた。  僕は正樹についてとりとめなく語った。奴の女遊びの激しさも、敢えて彼女を作らない理由も打ち明けた。だが、彼が言った未玖に対する悪口だけは教えられなかった。 「きっと、あいつを選んでも良い結果にはならないと思う」  一人で語り続けた僕は、ようやくそう締めくくった。穴が空くほどに見つめてくる視線を、見つめ返すことができない。 「……なんで?」  未玖は口をへの字に曲げ、表情を歪めた。 「せっかく決意したのに、なんで否定するの? 冬哉にそんな権利あるの?」 「そういうつもりじゃなくて、ただの一意見として聞いてくれれば」 「そんな事情教えられて、告白なんかできるわけないじゃん」口角の下がった唇が震える。「なのにただの一意見? なにそれ。結局、判断は私にゆだねるってこと? 人の邪魔しておきながら、責任はとりませんってことだよね」 「だから、違うって……」  言い掛けて、全く違わないことに気がついた。僕は遠回りしつつ、未玖の気持ちを壊そうとしている。彼女のためといいながらも僕を一番突き動かしているのは、彼女を他人に取られる危機感だ。 「勝手じゃん、勝手すぎじゃん!」  怒りに任せて、未玖はカウンターをこぶしで叩いた。周囲の客が驚いて振り向くことなど全く気にとめていない。それほどに彼女は怒っていた。自ら好きになった人の悪口を聞かされて、怒りがわかないはずがない。  未玖は怒ったまま帰ってしまった。罪悪感に打ちのめされて動けない僕は、それさえも自分勝手であることを痛感した。一番傷ついたのは未玖なのに、まるで自分が害を被ったかのような顔をしている。自身の卑劣さを思い知り、大事なものを失った現実に、僕はとぼとぼと部屋に帰り着くのがやっとだった。崩れるようにベッドに倒れ、もう目覚めたくないと思いながらうずくまった。
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