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「お腹空いたー!」
アパートのワンルームに入るなり、未玖は大声で主張する。靴を脱ぎ捨て、ずかずかと廊下を歩き、当然のごとく部屋の座卓の前にあぐらをかいた。
「なんか作ってよ、冬哉。もーお腹と背中がくっついちゃう」
「勝手にくっついてろよ」
僕が玄関の鍵をかけて憎まれ口を叩きながら戻ると、未玖はこれみよがしに眉間に皺を寄せ、頬を膨らませた。
「例えに決まってんじゃん、あほ。今日もバイトがハードだったんだからさあ。腹減った腹減ったー!」
「声がでかいんだよ。もうちょっと大人しくしとけよ」
彼女がふぐのように膨れていた頬をすぼめて漫画雑誌を手に取るのを確認し、僕は仕方なしの仕草でキッチンに立った。冷蔵庫を開けて、近所の肉屋で買った特売のウィンナーを取り出す。余っていた玉葱とピーマンと一緒にまな板に載せ、包丁で切っていく。
時刻は夜の十時過ぎ。古本屋でバイトをしている未玖がやってくるのは、大抵この時間だ。腹が減ったとしょっちゅう騒ぐので、近所から苦情がこないよう彼女に食事を与えなければならない。
フライパンで材料を炒める。やれやれという雰囲気を漂わせつつ、僕はいつの間にか鼻歌を歌っていた。材料費として五百円を払う上に皿洗いまでするのなら、帰り道のコンビニで弁当でも買って帰る方が賢い。それでも僕の料理を頼って彼女が家まで来ることが実は嬉しいのだ。僕もついでに夜食を食べられるというのは、大した理由ではない。こんな本心、未玖に言えるわけがない。調子に乗って更なるわがままを言うに決まってる。
「なかなか手の込んだもん作ってくれてるじゃん」
いつの間にか背後に立っていた未玖が、お湯を沸騰させる鍋を見下ろして言った。
「別にレトルトでいーのに」
「なんだよ、せっかく作ってやってるのに。文句があるなら食うなよ」
「はあ? 文句じゃないし。冬哉の負担を減らしてあげようと思っただけでーす」
「じゃあ手伝え」
「皿洗いするから勘弁」
そう言ってさっさと部屋に戻り、勝手にテレビの電源を点けている。僕が進んで夜食を拵えるのは君の胃袋を離さないためだなんて、口が裂けても言えやしない。鍋の湯にパスタを投入した。
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