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面会の予約をしていたので、事務所の寮には入れてもらえた。でも、ちょっと待たされたあと、私たちに告げられたのは春くんの不在だった。
「ええっ。どこ行っちゃったんですか」
「すみません。こちらもそこまでは」
事務の男性も困っている。
寮とは言え、まだ昼間だし外出が禁止されているわけではない。
「もう。何やってんだでなー」
「咲希が来んのは知ってんだべ?」
「時間も言ったし。ちっと電話しでみる」
咲希のお母さんに頼まれた荷物の重みが急にずっしりと増したような気がして、私たちはロビーのソファに腰を下ろした。
せっかくここまで来たのにという思いと、春くんが今どうしてるのか心配な気持ちが入り交じっていた。
約束をすっぽかすような人じゃないのに。
スマホを耳に当てていた咲希が、首を横に振った。
「ダメだ、はあ。出ねわ」
まさか、駅に迎えに行ったわけじゃないだろうし。
ちょっとコンビニまで買い物に行ったとか。
忘れてるとは思えない。
私が来るって知ってるのかな。
そんなの何の効力もないかもしれないけど。
「あ、壮真。春を見かけなかったか?」
男性が部屋から出てきた茶髪の男の子に尋ねると、彼は気だるそうに答えた。
「春? さっきすげー勢いで出てった。瑞季と一緒に」
「え。瑞季もいないのか」
「後を追っかけてった。…誰?」
「春の妹さん。面会の予定だったんだ」
「お兄ちゃん、どこ行ったんですか」
「さあ…。先輩と揉めて落ち込んでたから、その場の勢いって感じだな」
揉めた? 落ち込んでる?
ホームシックだけじゃないのかな…
「どうすべ。電話も繋がんねし…」
男の子はふーっと息をついてソファにどっかと座った。カーゴパンツのポケットから煙草を取り出して、火をつけた。
ここは禁煙ではなさそうだ。
「あいつは真面目すぎんだよなー」
「…春くんと仲いいんですか」
「いや。あいつ最近は全っ然喋んねーから」
彼は苦々しく言った。
私の知ってる春くんは明るくて優しくて、人懐っこくてお喋りな男の子だった。ホントにテレビから抜け出してきたアイドルみたいな人だった。
「大体さー、仕事選り好みするなんて生意気なんだよ」
「壮真。よせ」
男性がたしなめる。
「だってそうじゃん。もらった仕事渋ってるって聞いたもん。俺なんてちっとも声かかんねーのに、贅沢なんだよ」
男の子は不貞腐れて組んだ足をテーブルに投げ出した。整った綺麗な顔立ちなのに、煙草と粗野な言動が彼の苛立ちを表して、その表情を曇らせている。
夢を持って来てみたものの、現実の厳しさを受け止めなくちゃならない。私よりは年上だけど、まだ20年ほどしか生きてない彼らにとって、それはかなりのプレッシャーなのだと思われた。
私と咲希は顔を見合わせて、ため息をついた。
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