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「恵那。東京さ行ぐべ」
「東京さ? なしてよ」
幼なじみの咲希にいきなり言われて、私は驚いて聞き返した。東北の玄関口である福島からは、新幹線で2時間ほどで着くけれど、こんな田舎とは雲泥の差だ。
東京イコール都会のイメージの私には、何もかもが輝いて見える場所でしかない。
「うちのお兄ちゃん、アイドルになるっつって事務所さ入ったべ。だげんど、何かホームシックになってっがら、お母ちゃんが差し入れ持って会いに行ぐって言ってたんだわ」
「春くんとこに行ぐのか」
春くんの話と聞いて私は一人でドキドキし始めた。
「したっけさ。お父ちゃんが、今怪我して病院に運ばっちゃって連絡来てさ。そっちの面倒見なっかなんねがら、代わりに行ってけろって」
「二人で?」
「恵那は昔っがら、お兄ちゃんのファンだもんな」
春くんは小さい頃からイケメンでダンスが得意だった。勉強もスポーツもそこそこ出来たけど、本人はチャンスがあるなら一度やってみたいと、あるオーディションに応募して見事合格したのだ。
両親は「大学卒業」を条件に、彼を東京へ送り出した。それが去年のことだ。
彼に密かに憧れていた私は、遠く離れてしまうのはもちろん、このまま手が届かない人になってしまうのではと、寂しくてたまらなかった。
SNSをフォローして彼が投稿するたびにいいね! を送った。DMが来た時は嬉しくて舞い上がったほどだ。
だけど、地元では大人気でも、全国から同じような男の子が集まってくる。その中で運を掴みとるには、人一倍努力をしなければならない。地方でのほほんと育った私たちには想像もつかないくらい、芸能界は厳しい世界だと思う。
「でもさ、こないだの研修生のステージで結構目立ってたべ?」
「うん。カメラに映った回数も多がった気いする」
それでも数十人のライバルたちと競り合わなければならないのだ。優しい春くんに、他人を蹴落とすなんて無理だろうな。
私は中学の修学旅行で行った東京を思い出した。見渡す限り人、人、人。車もたくさん通ってて、東京タワーとスカイツリーのライトアップがぼんやり浮かんでくる。華やかな記憶はいまひとつ思い出せない。
「でも何が、東京って思っでたのど違っだな」
「ばがこくでね。学校で行ぐとごなんて、おもしゃぐねえに決まってんべ。渋谷とがお台場さ行がねばよ」
「したら、どっか泊まんのが」
「わがんね。親が小遣いくれればな」
日帰りでも何でもいい。
春くんに会えるなら。
「したらば、明日な。泊まるかどうかはまた電話する」
「わかった」
高1の春休み。
これと言って何も予定がなかったところに、降って湧いたようなわくわくする誘いに、私はその夜なかなか寝付けなかった。
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