真理子様

2/6
前へ
/41ページ
次へ
「時間ないよ!」 「回して回して!!」  キュッキュと、コートにバスケットシューズの音が響いている。  試合時間は残り10秒を切った。  リズムよく刻まれるドリブルの音が選手たちの焦りを加速させる。 (終わらないで……)  他校との練習試合、真理子はそのコートの中にいた。 「くっ!」  美紀はパスをもらい、ゴールを目指そうとするが、敵の厳しいマークを受けて進むことができない。  58対59。点数はわずか1点で、美紀のチームが負けている。  あと1回ゴールすれば勝てるのに、もう残り時間がない。 「美紀!」  美紀の左後方。手を上げて叫ぶ選手がいる。  真理子だ。  美紀は目のすみに真理子の姿を見つけると、持っていたボールを下手に投げる。  ボールは敵選手の足の下を通ってワンバウンドする。  そして走り込んでいた真理子がキャッチした。 「真理ちゃん!!」  美紀の期待、希望、懇願、哀願を込めた叫び。  その声がなんとも心強く、なんともうれしく感じられ、真理子は心が奮い立つ思い。  真理子はフリーだった。だが、そこはゴールから遠い、フリースローサークルの外。  残り時間は1秒。もはやゴールに接近してシュートを打つ時間はない。  すぐさま敵選手が反応して、真理子に向かって突進する。 (ああ、終わっちゃう……)  敵選手は一歩遅く、すでに真理子がシュートを放っていた。  残り時間は0。  これが最後のシュート。ボールが地面に落ちた瞬間に試合終了となる。  だが、遠距離からのスリーポイントシュートで、入る確率はかなり低い。  入れ! 入れ! 入れ!  皆が祈る。  ボールは弧を描いて、ゴールリングに向かって飛んでいく。  そして……乾いた音を立ててボールはリングをくぐった! 「やったーー!!」 「よっしゃーー!!」  歓喜は勝利のおたけびとなって吐き出される。  チームメイトは飛び上がり、ハイタッチをかわし、喜びを共有する。 「さっすが真理子様!」 「ただの偶然よ」  美紀は真理子に飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。  真理子は見事、難易度の高いスリーポイントシュートを決めてみせた。今日のMVPと言ってもよい活躍だ。  61対59。  文句なしの勝利だった。 (終わっちゃった……)  チームが勝ったことはもちろんうれしい。  でも真理子は悲しくてしょうがなかった。 「いやー、やっぱ真理ちゃんにヘルプ頼んで正解だった! 女バス、人数ぎりぎりで、いっつもやりくり大変なんだよー!」  試合は終わり、制服に着替えて帰宅するところなのに、美紀はまだ興奮冷めやらぬ様子。  普段と大差ないとも言えるけれど。  一方、真理子はテンション低め。 「別に大したことしてないよ。運が良かっただけ」 「ううん、そんなことない! 才能あるよ! 部活入って毎日練習すれば強豪校にも勝てるんじゃない!?」 「ないない。それに、うち部活禁止だから」  真理子はバスケ部ではない。美紀に頼まれて、ときどき試合に出ている。  女バスのメンバーからも信頼篤く、入部してくれればいいのにと言われるが、毎回断っていた。 「うー、残念……」 「まあ、いつでも手伝うからいつでも言って」 「わーい! うれしー!」  美紀がまた抱きついてくるので、「はいはい」と犬を撫でるようにあしらう。  テンションは低いけれど、別にうれしくないわけじゃない。 (美紀が喜んでくれて、私もうれしいよ。もっとみんなのために活躍したい。それが私の生きがいだから。でも……)  自分が望むものはある。でも、なかなかそっちに向かえるようには振る舞えない。  美紀の見えないところで、真理子は顔を曇らせる。 「ずっと試合が続けばいいのに……」 「え? なに?」 「ううん、なんでもない!」  真理子はぱっと美紀から離れた。 (勝つって終わるってことじゃん。勝ってもうれしくない……。試合が終わったら帰らないといけないから……)
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加