真理子様

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「あれ? 真理ちゃん、電車乗らないの?」 「う、うん。ちょっと買い物して帰ろうかなーと」 「そっかー! じゃあ、またあしたねー!」 「またあした。バイバイ」  真理子は美紀たち女子バスケ部のメンバーと別れ、駅の向こう側へと一人歩いて行く。  その足取りは非常に重い。  まるで足のおもりをつけられているよう。気持ちも罪人のように、一歩一歩沈みながら歩いていた。 「はあ……」  繁華街を離れて住宅街に入ったところで、真理子はため息を吐いた。  しんどい。できればどこにも行きたくない。  美紀に言ったことは嘘で、買い物する用事なんて別になかったのだった。  真理子はあてもなく、住宅街をさまよい、小さな公園をみつける。  小さな滑り台しかない公園で、そこには誰もいなかった。  真理子は公園に入り、ベンチに座った。 「なにやってんだろ、私……」  カバンを隣に置き、足を投げ出す。  空を見上げると日が沈みかけている。雲も多く、みるみる暗くなっていく。  おかしなことをしているのは自分でも痛いほどにわかっていた。でも、そうせずにはいらなかった。 「こんなところで時間潰しても、結局、帰るしかないのに……」  真理子が嘘をついて電車に乗らなかったのは、家に帰りたくなかったからだった。  少しでも家にいたくない。ちょっとでも時間を潰してから帰りたい。  部活で活躍している時間が天国ならば、家にいる時間は地獄。いるだけで身も心も苦しめられる。 (地獄とわかってて、なんで帰らなきゃいけないの……)  そう思うと、自然と目から涙が溢れてくる。  さっきまで友達に感謝されていた英雄的な姿とは大違い。今は公園に一人たたずむ悲しい人。  そこに天もが追い打ちをかけてくる。  急に雨が降ってきて、みるみるうちに制服が濡れていった。春とはいえ、濡れると冷たい。  そんな予報聞いてない。どうして自分をそんなにいじめるのか。いっそう気分が沈む。 「アユザワか……?」  突然、自分の名を呼ばれて、びくっと体を震わせてしまう。  アユザワではなく、アイザワが正しいのだけど。 「志田くん!?」  それはクラスメイトの志田。誰かに出会うにしても、一番出会いたくない人だった。言動を理解できない無愛想な人。  志田も傘は持っておらず、制服や髪が濡れている。  真理子は光の速さで涙をぬぐう。  きっと暗くて見えていないはず。と、心の中で祈った。 「なんでこんなところにいんだ?」 「な、なななんでもない! 家に帰る途中で!」 「家? アユザワ、電車通いだろ?」  ぎくっ!  声が出たかもしれないぐらい驚いた。 「そ、そんなことないけど……」 「いつも電車使ってなかったか?」  なぜそんなこと知ってるんだろう。  この人は自分について詳しい? 何か気がある? いやまさか……。人に興味がありそうに見えない。  でも冷静に考えてみると、一回でも駅に入るところを見られていればわかることだから、たいした情報ではないのかもしれない。  見られていたとなれば、取り繕うことなんて不可能。もう全力で逃亡するしかない。 「ごめん、帰るね!」  逃げだそうとカバンを持って立ち上がったところで、腕をがっと掴まれる。 「ちょっと待て」 「なに?」 「ちょっと来い」 「や、やめて! 何でもないから」 「何でもなくないだろ」  強引に引っ張られ、簡単には振りほどけない。 「何でもないんだって! もうやめて!!」  今の状況を彼に説明することなんてできない。  何よりこわい。いったい自分に何をしようというのか。 「うるせえ! 何でもないんだったら、人の家の前で泣くな!!」  拒絶をしっかり示すよう、かなりの大声を出したつもりだったが、さらに大きい声言い返されてしまった。 「……え? 家?」  志田はくいっと、あごで方向を示す。  公園の向かいの一軒家。 「そこに住んでるの?」 「ああ。家の前で泣いてる奴がいたら、嫌でも気になるだろ」  もっともすぎる理由。  クラスメイトが自分んちの前で雨の中座り込んでいたら、絶対に気になる。逆に志田が座っていたら、異常すぎて声を掛けていたかもしれない。  やったら顔の体温が上がっていくのがわかる。  人の家の前で泣き出す、という恥ずかしいことをしてしまった。 「いいから来い。タオルぐらい貸してやる」 「あ……うん……」  濡れたクラスメイトにタオルを貸す。人としての当然の所作。  相手が善意で声をかけてくれた以上、それをむげにもできなくなってしまう。  ぐうううう!  その時、豪快な音が響く。  真理子のお腹からだった。  あまりの恥ずかしさに、体温はさらに上昇。真理子は耳まで真っ赤にする。 「なんだよ……」  その音を聞いた気まずさに志田も顔が赤くなる。 「飯も食ってけ。すぐ作るから」  よく見たら志田はスーパーの袋を下げていた。
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