194人が本棚に入れています
本棚に追加
/256ページ
みなが寝静まった夜には、こっそり屋敷を抜け出して裏手の森で歌った。
喉を痛めつけ、医者から制止されるほどに歌い続けた。
「……申し訳ございません」
リナリアは焦げ茶色の髪を垂らして頭を下げた。
――お養父さま。私は二次審査直前に毒を飲まされ、棄権せざるを得なかったのです――
などと、弁解したところで意味がないことはわかっている。
リナリアが何を言おうと、王子妃になれなかった現実こそが全てだ。
「養子縁組は解消した。私にとってお前はもはや娘でも何でもない、赤の他人だ。荷物をまとめて今日中に出て行け。いますぐに叩き出さないことを最後の慈悲と思うんだな」
「……はい。一年間、お世話になりました」
これが最後の挨拶になる。
せめて最高の挨拶をしようと、リナリアは背中を伸ばしたまま左足を斜め後ろに引き、右足の膝を曲げた。
これまでで最も美しいカーテシーが出来たと思ったのだが、チェルミット男爵は書類にサインをしているだけ。
既に彼にとってリナリアは見えない、いない者となってしまったのだろう。
リナリアは意気消沈して執務室を出た。
最初のコメントを投稿しよう!