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男爵邸のある町の宿ではなく、男爵邸の裏手に広がる《魔の森》に向かって。
もうすぐ完全に陽が落ちる。
その名の通り魔物の住処である《魔の森》に入ることは昼でも危険が伴う。
明かりも持たず、夜に森に入るなど正気の沙汰ではない。
しかし、約一年間、毎日のように森に通い続けていたリナリアは知っている。
森の浅いところなら大した魔物は出てこない。
せいぜい地を這うスライムか、動きの遅い小型の魔物くらいなもの。
ひょっとしたらいままでが幸運なだけだったのかもしれないが――多少の危険を冒してでも、リナリアにはこの地を去る前に《魔の森》でやりたいことがあった。
(よし。行くぞ!)
薄暗い森の小道を、リナリアはゴトゴト、トランクケースのキャスターの音を立てて進み始めた。
背の高い木々の葉が風に擦れてささやかな音楽を奏でている。
見上げれば、自然の天蓋の向こうにオレンジ色の空。
(夕方に森に入るのは初めてね。あの子は起きているかしら。起きていたとしても、私に会いに来てくれるかしら。一週間も会えなかったから、存在を忘れ去られているかも……)
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