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 学生は一日のほとんどを学校で過ごすものだけれど、誰にだって苦手なものがある。剣術や馬術が苦手なひともいれば、歴史学や薬学が苦手なひともいる。そしてわたくしは、学校生活の中で食事の時間が一番苦手だった。  勉強や運動と違って、食事が苦手だというのは共感してもらいにくい。だからわたくしは年中ダイエット中だと周囲に触れ回っていた。それならば、食事をしている様子がなくても納得してもらえるから。  毎食携帯食料やポーションで済ませているわたくしのことを食事に誘うひとは多い。普段ならそんな風に無理矢理勧誘してくる人なんてお断りなのだけれど、レーンは一緒に食べようとは言わなかった。一緒にいてくれるだけでいいと言ってくれるから、わたくしも流されてしまったのだ。  勉強しなさい、運動しなさいと言われると嫌な気持ちになるように、わたくしには食べなさいという言葉が重い。我が家は両親が不仲で家の中は冷戦状態だったけれど、特に恐ろしいのが食事中だった。家族が一堂に会するあの瞬間の空気感が、小さい頃は本当に怖かったのだ。  おかげでいつの間にかわたくしの身体は、食事と両親の不仲を繋がりの深いものとして記憶してしまった。音や匂いは、人間の記憶と密接な関係を持つのだとか。すっかり両親のことが怖くなくなった今でも、あの胃が重くなる感覚は忘れられない。  そんな状態が続けば、食欲なんてなくなって当然だ。実家にいた頃は、せめて妹には美味しい食事を楽しんでほしいと頑張ってきた。途中から両親が外の愛人の元に入り浸りになったのは、妹の教育のためにはむしろよかったかもしれない。わたくしと違って食べることを心底楽しんでいる妹はとても可愛い。  妹はかなり好き嫌いが偏ってしまったけれど、その辺りのしつけはわたくしにはちょっと難しかった。両親と食べたことのないデザート類――特にプリンやクッキーといった妹の大好きな甘味――は、わたくしも安心して食べることができるから。やっぱりお野菜を残したらデザート抜きにするべきだったのかしら。子育てって難しい。
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