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 せっかく食事時間を心穏やかに過ごせるようになったのに、また吐き気に苦しむ日々なんてごめんだわ。だから、彼がわたくしの元で働きたいと持ち掛けてくるなんて好都合だった。わたくしの方こそ、この話をどう切り出すべきか悩んでいたのだから。  目を丸くした彼が、へにゃりと柔らかい笑みを浮かべた。パンケーキの上でとろけたバターみたいで、見ているだけで幸せな気持ちになる。レーンをかじってみたら、メープルシロップみたいに甘い味がするのかも、なんてね。 『わかった。俺も実は』 『それじゃあ、初めにあなたがわたくしと結婚したときのメリットについて説明させてもらうわね』 『は?』  数字が苦手な彼にもわかりやすいように、図解にこだわった資料を広げる。学園に提出した卒業論文よりもちょっとボリュームが多いけれど、まあ小一時間もあれば説明できるでしょう。 『え、あの? アンバー?』 『わたくしと結婚すれば、あなたは侯爵家の人間として、何不自由ない暮らしをすることができるわ』 『……なるほど?』 『当主はわたくしだから、あなたが何かを担わなければならないということはないわね。もちろん社交だとか、領地運営だとか、協力してもらえたら助かるけれど』 『ちょっと待って』 『あなたの夢でもある王宮騎士には、やっぱりなっていてほしいわ。申し訳ないけれど、あなたは平民。騎士という称号があるかないかで、父の説得の難易度は変わるでしょうし。まあ反対されたら最終手段駆け落ちを使うけれど、それだとあなたへのデメリットが』 『だから、アンバー。落ち着いて』  ぎゅっと両手を握られて、肩がはねた。意外と緊張していたみたい。相手の反応を確認しながらプレゼンを行うことは基本中の基本なのに、それさえできていなかったなんて。急にひとりで突っ走っていたことに気が付き、顔が熱くなった。 『まったく、君は何もわかっちゃいないね』 『レーン、どういう意味? わたくしは、あなたに損をさせる契約ではないと証明したくて』 『アンバーと結婚すると得をするとか、損をするとかじゃなくてさ。俺は、もっと素直な気持ちが聞きたいわけ。アンバーは、打算だけで俺に結婚を申し込むの? 違うよね。俺のこと、ちょっとは好きでしょ。じゃあ俺のどこを好きになったか教えてよ。教えてくれたら、俺もちゃんとアンバーとの将来について考えてみるから』  甘い笑顔で迫られて、つい本音がこぼれた。 『あなたと一緒にいるとお腹が空いてしまうところかしら』 『はあ?』 『本当よ。わたくしはあなたと出会うまで、わざわざ食事をしたいと思ったことはないの。それなのに今では、あなたとお昼ご飯を一緒に食べるお昼休みが楽しみで仕方がないのよ』
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