0人が本棚に入れています
本棚に追加
今、私の目の前では少女たちがサテンの光沢に包まれながら無邪気にじゃれ合っている。そしてふざけあううちにバランスを崩したひとりが私の下によろけてきた。
少女が目の前で転びかけながら吊り革に腕を伸ばす。その瞬間、私の目に飛び込んで来たのは袖の隙間から覗くきれいに手入れされた白い腋だった。
さすがにふざけ過ぎと思ったのだろうよろけた少女がおとなしく姿勢を正すと、それを合図に他の面々もやがて静まり私にとって密やかな楽しみだった饗宴もそこで終了してしまった。
やがて地下鉄は複数路線が乗り入れるターミナル駅に到着する。ドアが開くと何人かの乗客が降り、降りた以上の客が乗り込んできた。
流れ込む人の波に押されるようにして少女たちは私のすぐ目の前に陣取った。少女たちの肩が私の上腕部をかすめる。しかしこんな位置になってしまっては彼女たちの下半身はすっかり闇の中である。電車の揺れのためとは言え、そこに私の手が触れようものならどんな事態に発展してしまうのか。私は降車駅まで開くことがないドアに我が身を張り付け、彼女たちとの間に不自然とも言える空間を開けて迂闊な接触をしないよう細心の注意を払った。
そうしてできた隙間、その眼下にチラチラと見えるわずかな光沢に視線を落としていると涼しい風に混じって蠱惑的な匂いが私の鼻をくすぐった。
そう言えばこの少女たちは部活帰り、さっきまでは練習や試合で汗を流していたのであろう。そしてそれはどんなに入念に手入れをしてもわずかながら痕跡を残しているものだ。空調の風向き、少女たちの身動きによりその匂いは儚くふわりと香ってくる。
再び車内がゆらりと揺れる。それに合わせて少女のひとりが吊り革に手を伸ばす。またもや白い腋。そのとき、これまでとは似て非なる別の匂いが鼻腔を刺激する。この新たなる香りは……そうだ、仔羊だ。そして漂う匂いはやがて青春と仔羊のイメージがまだら模様となって私の心を掻き立てた。
乗車してから二十分、やがて私の降車駅に到着する。私は仔羊たちの脇をすり抜けて前を行く乗客とともに下車する。どうやら仔羊たちはまだ先の駅まで乗っているようだった。ホームを去り行く車窓の中に空いた座席に座ろうとする少女たちの姿が見える。そして間もなく最後尾の灯がトンネルの闇の中に吸い込まれて行った。
改札に向かうエスカレーターの前で私は再び覚えのある匂いを感じた。それは前を行くTシャツ姿の男から漂ってきていた。
ああ、あの男、確か私のすぐ脇でスマートフォンのゲームに興じていた男だ。すると蠱惑的と思っていたあの匂いは……いや、臭いは……私はその男に怒りの衝動を禁じ得なかった。
フェティッシュ・ヴァリエーション:Case01
仔羊たちのSmall Talk
―― 幕 ――
最初のコメントを投稿しよう!