2部

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2部

 昨日は朝まで飲んだものの、心はまったく晴れなかった。本当にこの粘着質な性格が忌々しい。それに二日酔いで頭痛もひどい。薬を飲もうと戸棚を覗いてみたが、こんな時に限って切らしている。ポーチに予備の薬を入れていたっけとカバンを開けた時、千夏にもらった例のサプリのことを思い出した。意外と頭痛にも効果あったりして。あの千夏が飲んでるんだ。きっと悪いものじゃないはず。私は一錠だけ口に放り込んでみた。  飲んで一時間後、徐々に気持ちが楽になり始めた。頭痛も弱まってきている。嫌な記憶に少しずつ靄がかかり、遠ざかっていく感覚。なぜあんなに悩んでいたんだろう。心に刺さった棘が取れていくようだった。なのに、頭がぐらぐらしたり、幻覚を見たりするようなこともない。ドラッグで聞くような症状は今のところ出ていない。すごいかも……。自分にとって『嫌な記憶』だけが徐々に薄まっていく。その分、心にも余裕が出てきたような気がしてきた。もしかしたら私、何かが変わるかもしれない。  ただ、人間はそう簡単には変われない。というか変わったと思い込んでいるのは自分だけで、周りの人間にはそうは見えていない。今日も会社で陰口言われている。私に聞こえている時点で「陰口」ではないんだけど。ただ、そんな話が耳に入ると、たちまち嫌な自分が顔を出す。自分より仕事をしていない後輩がチヤホヤされているのも許せない。声が小さいという理由で、上司には嫌味を言われた。もうネットに呟いたぐらいでは収まらない。私はトイレに行ってサプリを飲んだ。前に飲んでからちょうど一週間経っている。  また気分がすっと楽になる。陰口や嫌味を言うやつなんて放っておけばいい。つまらないことでイライラしていた自分もどこかに消えた。  一ヶ月後、私は千夏といつもの居酒屋チェーンで飲んでいた。 「ねぇ、どうだった?サプリ」 「やばいね」 「でしょ?」  千夏は得意気な顔でビールをあおった。 「あのさ…、また、もらえる?」 「この前あげたやつ、もう全部飲んだの?」 「あぁ、うん」  問い詰められているようで少し気まずかった。 「でも、ちゃんと間隔は開けてるから。大丈夫」 「私が今持ってるのはこれで全部だから」  そう言って彼女は小さな袋をこっそりとテーブルに置いた。 「やばいものではないけど、こういうのはうまく付き合わないと」 「さすが優等生」 昔から正しいことを言う千夏を少しからかった。 「ちょっと、真面目に言ってんの。深冬ってすぐにハマるタイプだから」 「分かってるって。私もバカじゃないから」  そう言いながら、私は千夏から目を少し逸らした。  この時から私はすでに、サプリなしでは生きていけなくなっていた。飲むだけで嫌な記憶と嫌な自分を押さえ込むことができる。些細なことが気にならなくなり、会社も平気で休むようになった。自分の好きなように生きればいい。そんな感覚がやめられなくて、近頃は一週間と待たずに飲んでしまっている。でも今のところ、体に異常は出ていない。何だ、全然大丈夫じゃないか。  そんなサプリも残りわずか。自分でも買えないものかと、ネットを調べまくっているが全く見つからない。こんなに良い商品だ。さすがに通販では買えないのかもしれない。私は友人に購入先を聞こうとスマホを手に取ったが、肝心の連絡先が見当たらない。おかしいな。知らない人からは迷惑メールがたくさん来てるというのに。
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